三話

2/10
前へ
/65ページ
次へ
 最初よりは、彼の表情の判別がつきやすくなった気がする。  取り繕うのをやめた分、会話も増えた。  けれどそれが正解なのか、アザレアにはよく分からないでいる。欲情に火をつける方法は知っていても、愛情だけに光を灯す方法は知らないのだ。  細かい事は抜きにして兎に角儀式を繰り返せば、彼もそのうち自分の身体に愛着を持つだろうにと、アザレアは歯がゆい気持ちで鈍感な面を睨みつけた。 「あら巫女長様、ごきげんよう。ご自身の新しい取り巻きを見せびらかしているのかしら」  甲高い声に、アザレアはさっと笑顔に切りかえて挨拶を返す。副巫女長のミューゼであった。彼女は唇を歪ませ、巫女長の数歩後ろでぼうっと立っている大男を上から下までねめつける。 「巫女長が従えるにしては、その貫禄と威厳はどうかしら。ああ、主人に合わせているのね!」 「ええ、私はまだ若輩者ですから。副巫女長様のお供は、どの方の時も貫禄と威厳『だけ』はとても立派ですものね」  互いに微笑み合いながら、空気に亀裂が入る。聞いているシェドは女同士の会話に引いているように見えた。何を言おうとアザレアの反応は崩れず、ミューゼは反対に苛立つようなそぶりを滲ませていく。遠まきに眺めている者からすれば、二人に格の違いを感じただろう。  ミューゼは黙ったままのシェドをちらりと見て、凝りもせず嫌味をひねり出した。 「巫女長様は、休息日でさえ護衛に仕事をさせているのね。本来の仕事は、儀礼時の護衛だけですのに」 「……そういえば、そんな事を言っていたな」  シェドが初めて思い出したように呟く。ようやく尻尾を掴んだとばかりに、ミューゼは憐れみの声を上げた。 「お可哀そうな護衛の方! 休息を奪われ巫女の後ろに立つだけの仕事をさせられるなんて」 「俺がしたくてしている」  有無を言わせぬシンプルな言葉に、二人して虚を突かれたように黙りこむ。巫女二人の反応を気にせぬまま、シェドはぼそぼそと続けた。 「俺は護衛だ。主人を守る。そういうものだろう」  止まった空気の中、先に動いたのはアザレアだった。ミューゼの探るような視線から庇うように立ち、手を伸ばそうとしてやめる。 「いつも熱心にありがとう。けれど、副巫女長様の言い分ももっともだわ。貴方にも休息を与えなくては。それでは失礼します」  別れの笑みを副巫女長に贈り、歩き出す。本当は彼の腕に手でも添えて促したかったけれど、公共の場で剣を抜かれては物騒なので控えておいた。  予想通り、シェドは大人しくついてくる。角を曲がってから、おっかないなと小さな声でぼやいた。 「仲が悪いのか」 「私は巫女長にしては若いから、巫女の年長者として思うところがあるのでしょうね」  やんわりとアザレアは説明する。通路に自分たち以外の人影が途絶えたタイミングで、先程より落とした声のトーンで補足する。 「あの人、やけにこっちに喧嘩を売ってきて鬱陶しいのよね」  遠慮のない言葉に、シェドは驚いた様子もなくそうらしいなと頷いた。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

58人が本棚に入れています
本棚に追加