三話

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「副巫女長のご助言に従い、休憩しましょうか。私の部屋でお茶でもする?」 「断る」  アザレアの部屋、というのが気にくわないらしい。既に剣の柄に手を当てている。かといって、護衛相手から離れ自由行動という選択肢はないのだろう。  神殿の他の場所でも案内がてら散歩しようかとアザレアが考えていると、シェドの方から提案があった。 「街には出ないのか」 「あら、興味があるの?」 「神殿よりはな」  神殿の客室で寝泊まりし護衛ばかりしていたため、彼は街の観光を一切していないのだろう。  少し考えてから、アザレアは同意して神殿の入口へと向かった。  神殿は小高い丘の上に建てられていて、街の様子を一望できる。衛兵が点在する入口前では、白く長い階段を上り疲れた信者が近くの岩に座り、汗を拭いていた。巫女の姿を見て、皆笑顔で頭を下げる。 「あいつらにも儀礼をするのか」  シェドの問いに、アザレアは遠回しに否定の言葉を返した。 「儀礼は本来、秘匿されるべき御業なのよ」 「あれがか」  性行為と明言しなかったのは、今まで散々注意してきた成果だろうか。内心ほっとしつつ、アザレアはすれ違う信者全てに笑顔の挨拶を送る。その傍ら、ひらひらと手を振り彼を遠ざけるそぶりを見せた。 「私は暫くここで挨拶でもしているから」  訝しむような眼差しを向けられ、アザレアは肩を竦めた。イーストから説明を受けたはずだが、どうやら忘れているらしい。 「巫女は穢れを受け過ぎないよう、街への外出を禁じられているのよ」  だから街観光は一人でどうぞと勧めても、頑固な護衛は首を縦に振らない。それならと、頷きやすい別案を提示する。 「貴方は近くで昼寝なり、ぼうっとするなりしていなさいな。そういうの、好きでしょう?」 「よく分かったな」  僅かに目を見開き、シェドは呟く。その位簡単だと、アザレアは笑ってみせた。何しろこの男、日差しがいい場所では仏頂面が若干眠たそうなものに変わるのだ。  眠気の誘惑を振り払うように、彼は首を横に振った。護衛が眠りこけるわけにはいかないと考えているのだろう。 「仕事ばかりでは疲れるでしょう。偶には休むのも仕事よ」 「……だが」  シェドは逡巡するように目を伏せる。  何をためらっているのか。自分はここで信者の対応をするのだから、離れるわけでもないというのに。
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