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素早い動作に受け身すら取れず、コリオンは地面にあっけなく叩きつけられた。顔を砂で汚し、赤い瞳が怒りで染まる。
「き、貴様、無礼だぞ!」
「俺はこいつの護衛だ」
そう言うと、シェドはアザレアの手首をおもむろに掴んだ。無骨な指は反射的な抵抗をものともせず、ぐいぐい神殿へと引っ張っていく。そこに疚しい感情はなく、大方、相手から離れて少しでも安全そうな場所へ距離を取りたいのだろう。そう確信してしまうほどに、アザレアは彼からそっけない態度を取られ過ぎているのだ。
もっとも、彼をよく知らない者もそう推測したかどうかは別だ。
アザレアは一度だけ振り返り、群がる信者達の真ん中で呆然と頬を抑えた男を視界に入れた。
神殿に足を踏み入れてから、アザレアは手を繋いだままの男の、腰に差した剣を見つめた。
「剣、抜かなかったのね」
「切り捨てた方が良かったか」
「いいえ、殺傷行為は最大の禁忌よ。巫女であろうと死の穢れは祓えないとされているもの」
とはいえ、こうした小さな揉め事は偶に起こる。今回の護衛は腕っぷしが優秀なお陰で助かった。
「ありがとう。貴方ってとても頼りになるわね」
にっこり笑って礼を言うと、護衛だからなといつも通りの声で流される。それからようやく手首を解放された。
「あら、もう離してしまうの?」
悪戯っぽく呟くと、シェドは呆れたように眉を顰めた。
数歩引いてから、ぼそりと訊ねられる。
「あの男は、前の護衛か」
「ええ、そうよ」
「……そうか」
シェドはそこで会話を終える。どんな男だったのか、どんな仲だったのか、一切聞いてはこなかった。だからアザレアも、口には出さなかった。
流石に今からもう一度外に出る気にはならず、迷うように神殿内をぶらついた挙句自室へ戻る。扉の前で立ち止まり、アザレアは貴方の休息についてだけどと改めて切り出した。
「今日の所は、部屋でお茶でもしましょう。大丈夫、今回は何も入れないわ」
「不穏な一言を混ぜるな」
「あら、お茶が嫌なら私の部屋で寝ていてもいいわよ。どちらの意味でもね」
シェドはまた警戒したのだろう、柄に手を当ててこちらを注意深く見つめている。
折角こうして度々誘ってみても、相変わらず冷たい反応ばかり返ってくる。
けれど何故か、そう悪くは感じなかった。
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