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シェドは一人部屋の外に放置され、しばし棒立ちになっていた。施錠音に、巫女の部屋に鍵がかかるのだと今更ながらに知った。内側から手動で鍵をかける仕組みがないのもあって気付かなかったのだ。
「……暇だな」
ぼそりと、独り言を呟く。休めと言われても、シェドは特にしたい事があるわけでもなかった。かといって、ここでただ待つのも気が引けた。
「心が休まらない、か」
確かに自分のような男がずっと傍でいれば緊張するだろうと、シェドは思った。身内以外からは不気味だとか、何を考えているか分からないと、よく怖がられていたものだ。自分からしてみれば結構単純な性格をしているのに、不思議なものだと思う。
仕方がなしに、ぶらぶらと歩き出す。結局したい事も思いつかなかったので、暫く広場で黙々と剣の素振りをした。それに飽きると、アザレアが紹介してくれた休憩室へ向かう。どれを読むか悩み、兄の本を手に取った。何度も読んだことがある分、その内容が面白い事も知っているのだ。
椅子に座りぱらぱらとページをめくっていると、本に影がかかった。渋顔を上にあげると副巫女長の顔がすぐ近くにあり、眉間の皺を更に深くした。
「シェド様、だったかしら。今はお一人なのね」
ミューゼが口付けでもしそうな距離で囁いてくる。最初の頃のアザレア以上に、露骨な媚びが伝わってきた。
「近寄るな」
反射的に顔を突き飛ばしそうになって、うっかり首の骨でも折ったらまずいなと、すんでの所で押しとどまる。
命の危険が去ったのをつゆ知らず、ミューゼはシャイなのねと笑った。
「今は休憩中でいらっしゃるのね。私もご一緒してもよろしいかしら?」
「よくない」
シェドがバッサリ断ると、笑顔が一瞬固まった。その隙に椅子から立ち上がり、本をしまう。とっとと休憩室を去ろうとすると、ミューゼは笑顔で立ちはだかった。
どうして巫女たちは皆笑顔を浮かべたがるのだろう、とシェドは不思議に思った。そんなに頬を釣り上げていては表情筋が疲れそうにみえる。
「つれない方。やっぱり女が苦手で儀礼を避けているというのは本当なのね」
何故自分が女嫌いという扱いにされているのか。噂が広まるのが早すぎではないか。色々とシェドは文句を言いたくなったが、この女に下手に言い返すと面倒な絡みがしつこくなりそうなので、反論の仕方に少し悩んだ。
「……お前には関係ない」
「いいえ、穢れを祓えない巫女だなんて同じ巫女として恥ずかしいですわ!」
緩く波打つ髪をたなびかせ、巫女長はまたも距離を詰めてくる。濃い香水の匂いに、シェドは頭痛がしてきた。
「私ならあの未熟者の代わりに幾らでも、貴方の望むようにしてさしあげますのに」
やはり斬ってもいいのではないか。しかしかなり面倒な騒ぎになる予感がする。アザレアから殺生はダメとも言われている。
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