三話

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 手を柄にあて、シェドは迷いながらもふと浮かんだ疑問をぶつけた。 「アザレアは巫女長だろう。お前より偉いんじゃないのか」 「あの女の地位は、名ばかりのものですわ!」  なんとなくの疑問は、想像以上に効果てきめんだった。初めて笑顔をかなぐり捨て、ミューゼは忌々しげに顔を歪めさせる。  アザレアよりもずっと分かりやすいが、好ましいとは思わない。自分の好みは正直な女ではないらしいなと、シェドは内心で過去の意見を撤回した。アザレアの毒舌混じりの本音なら厭うより清々しさを感じるのは妙だな、と内心首を傾げつつ。 「あの女がもてはやされているのは、本人の功績ではありませんのよ。母親の畏敬を借りているだけなのですから」  シェドがぼんやり考えている間にも、お喋りな口は止まらなかった。挟まれた単語に、ようやく意識が女へと向き直る。 「母親?」 「ええ。彼女の母親は、歴代で最も神の恩恵をあやかるに相応しい巫女でしたわ。巫女見習いの時に初めてまみえた時から、神々しく麗しい方でした」  過去を思い出すその眼差しからは、艶やかさも嫌悪も拭い去られていた。ミューゼにとって、純粋な憧れの存在だったらしい。 「お前、アザレアよりかなり年上なんだな」  女性の年齢を探るのはタブーだよと二番目の兄が何度も注意してくれていたのを、遅れて思い出した。濃い香水や化粧は、年齢を誤魔化すためでもあるのだろう。 「巫女の身体は朽ちるまで穢れを受け止めるだけ。私は十分にその権能を保っていましてよ。とはいえ、序列は年季や経験の量を評価されるべきでしょう」  案の定頬を引きつらせながら、ミューゼは笑顔で返す。年下が巫女長というのも、アザレアを厭う要因らしい。信仰心よりも嫉妬心が強い女だな、とシェドは感想を抱いた。 「年を重ねた分、巫女長よりずっと経験を積んでいましてよ。休んでいる小娘の分まで、私が貴方へ色々と教えて差し上げますわ!」 「あいつは休んでない。祭司と話があると言っていた」  その言葉に、作られた笑顔が驚きへと変わった。次の瞬間、忌々しげなものに変わる。予想外の反応にシェドがおやと思っていると、ミューゼは苛立ち交じりにひとりごちた。 「……祭司様からも寵愛を未だ受けているだなんて」 「話をするだけだろう」  シェドの疑問に、そういえば外から来た方でしたわねと呟かれた。ようやく考えのズレに気付いた、といった反応だった。  やかましい口が一旦閉じる。説明をするかしないか考えるような間の後、気になるかしらと試すように訊ねられた。 「何だ」  シェドはつい、続きを促していた。この女の話を途絶えさせるには、別にと無視してしまえばよかったというのに。  予想通りの反応に満足して、赤い塗料の塗られた艶やかな唇が吊り上がる。  内緒の話とばかりに人差し指をそこにあて、ミューゼは囁いた。 「神官が休日に自ら巫女の元を訪れる理由なんて、儀礼を行って穢れを祓う以外にありまして?」
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