一話

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 フランドール家は国の議会でも強い発言力がある、有数の貴族として名を馳せていた。現当主の跡継ぎとして嫡男のイースト・フランドールが台頭し始めた折は若輩者として煙たがられていた時期もあったが、今では利発で温和な後継ぎとして、市民からの支持も厚くなっている。  そして彼もまた他の貴族と同じく、この神殿に足しげく通う貴族の一人であった。 「イースト様、ごめんなさい。お待たせしてしまったかしら」 「気にしないでくれ。君と私の仲じゃないか」  待ち人の声に、モノクルを付けた顔が笑みを浮かべる。首が動いた拍子に、腰まで伸びた薄い青色の髪がさらりと揺れた。怜悧にも見える端正な顔立ちが、微笑一つで柔らかく親しみやすいものへと様変わりした。 「今期も巫女長に任命されたそうだね」 「貴方のご支援あってのものですわ」 「なに、お互い様さ。こちらも君を擁立している甲斐あって、無事今年も議員に選出されるだろう」  朗らかに打算的な言葉を口にする相手に、アザレアもそれは何よりと明るく返す。内容は兎も角として、雰囲気だけは和やかで甘い男女の会話のようであった。 「今回は、君の新しい護衛を連れてきたんだ」 「あら、もう次が決まったのね」 「巫女長の護衛を長く空白にすべきではないと、上からもせっつかれたのさ。気が詰まるかい」 「勿論、我が身を重んじてくださる神殿のご慈悲に感謝しているわ」  顔の整った二人が並んで歩くのを、通りすぎる者たちがうっとりと、或いは下世話な意図で視線を送る。モノクル越しの黄緑色の眼を細めて、イーストは肩をすくめた。 「噂の煙は絶える事がなさそうだ。君に執心なのは、フランドール家だけではないというのに」 「見目麗しくお若い貴族の嫡男様が女と連れ立って歩けば、誰だって噂にしたがるものよ」 「この神殿でもっとも麗しい華にそう言って頂けるとは、光栄の極みだよ」  軽快な雰囲気で雑談をしていた足音が、部屋の前で止まる。流れるような動作でノックをすると、イーストは扉を開けた。
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