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部屋の中にいたのは、すらりとした体躯の男だった。首元辺りまで伸びた黒髪はやや雑に切りそろえられていて、やぼったい印象を受ける。
他の神官に似た黒い修道服を着ているものの、猫が借り物の服を着ているかのように浮いていた。腰に差した剣には神殿の紋章が刻まれていて、護衛であることは間違いないらしい。
大木が突っ立っているみたいだわ、とアザレアは第一印象でそんな感想を抱いた。
「誰だ」
ぼうっと窓の外を見つめていた紫色の三白眼が、ゆっくりと二人へ視線を動かした。低い声で尋ねられ、応える前にイーストが口を開く。
「先刻伝えた、君の主人となる女性だ」
「……ああ、そんな事を言っていたな」
興味がないのか、ぼうっとしているのか。いまいちやる気の感じられない声音だった。
「紹介しよう。こちらはシエドール・コンティ。トラン地方からご足労頂いたんだ」
「シェドでいい」
ぶっきらぼうな声で、そう付け足される。
聞き慣れない地方の名前に、アザレアは少し反応が遅れた。ここから海を越えた大陸の名前だと思い出し、まあと手を叩いて労うように弾んだ声を出す。
「随分遠くからいらっしゃったのね。大変だったでしょう?」
「いいや」
「彼の家とは最近交流があってね。そのつてで紹介されたというわけさ。こちらの風習には疎いだろうが、大目に見てやって欲しい」
あまりにそっけない態度をフォローするように、イーストが説明した。家のつてという事は、やぼったく見える彼も今までの護衛と同じように貴族の出なのだろうと、アザレアは推測した。フランドール家は、別大陸にも顔をきかせつつあるらしい。
「今まで通り、色々と教えて差し上げればいいのでしょう?」
「ああ、そういうことだよ」
別の地方から来た護衛というのは初めてではない。アザレアは気を取り直すようにシェドの傍に立ち、細い指をそっと差し出した。
「神殿の巫女長、アザレアと申します。暫くの間、頼りにさせてくださいね?」
そう言って男の手を取ろうとすると、雑に振り払われた。驚いた二人の前で、涼しい顔のまま言い放たれる。
「触るな、鬱陶しい」
あまりの反応の悪さに、アザレアは面食らう。
今回の護衛は、今までで一番癖のある男だった。
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