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静かな足音についてくる、重たい足音。数歩分遅れて後をついてくる護衛を、アザレアは少々持て余していた。
「ねえ、もっと近くで一緒に歩きましょう?」
「主人の身を守るなら、後ろに控えていた方がいいんじゃないのか」
無表情でシェドは言い返す。近寄りたくないというよりは、それが当然と考えているらしい。
「前とか横から危険が迫ってくるかもしれないわよ」
「そうか」
思いのほか素直に納得し、今度はアザレアのすぐ隣に陣取って歩き出した。かといって背の高い彼と視線が合うことはなく、きょろきょろと首を動かして周りを窺うばかりだ。真面目に警戒しているつもりらしい。
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。神殿の中は基本的に安全だもの」
「俺の仕事は護衛だ」
「そもそも、こんなに四六時中私の傍に居なくてもいいのだけれど」
「護衛はずっと守るものだろう」
「なら、私ともっとお話ししましょう?」
「俺は興味ない」
にべもない態度であった。仕事は真面目にこなすつもりだが、こちらと一切関わるつもりがない態度に、内心ため息をつく。初めて出会ってから今の夕刻に至るまで、ずっとこんな調子だ。
「ねえ、私は貴方に色々教える役目もあるのよ。そう邪険にされては悲しくなってしまうわ」
「そうか」
そっけない返答に、つまらない男ねとアザレアは内心で文句を言った。もっとも表面には出さず、表情は悲しそうなものを形作ったままだ。
「貴方はこの神殿や巫女の事を、どこまでご存じなの?」
「何も。イーストは、お前から教われと言っていた」
あまりに薄い反応に、イーストはさじを投げたのだろう。その時の彼の苦笑いが思い浮かぶようだ。
「なら、貴方にはまず一番大事なお仕事を教えてあげるわ」
「それは何だ」
「清めの儀礼よ」
アザレアは、彼を自ら部屋に招き入れた。鏡台に置かれた小瓶の蓋を開け、一口飲む。自室の中も警備する必要があるのかと生真面目に尋ねられ、今だけは特別、と微笑んだ。
カーテンの隙間から漏れる西日だけが、僅かな光源だった。鈍い足取りが、薄暗さや不信感からか止まる。
「おい、これは本当に大事な仕事なのか」
「ええ、とても大切。私たちの教義はご存じ?」
「知らん。どうでもいい」
神殿の祭司達が怒り出すどころか、紹介したフランドール家の首も飛びかねない返答だった。どうも彼は正直すぎるきらいがあるらしい。
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