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「近寄るな」
首元で、抜身の刃が鈍く輝く。剣を抜いたままの体勢で、シェドは近寄ろうとする女を見下ろした。
「これ以上近寄るなら、斬る」
その眼には、殺気が込められていた。背中を悪寒が駆け巡り怯みそうになるのを堪え、アザレアは努めて平静の声を出した。
「巫女に刃を向けるなんて、貴方の身もタダじゃすまないわよ」
「……近寄るなら折る」
「どちらにしても物騒じゃないの」
どんな手段を使ってでも拒否するという意思が伝わってくる。骨を折られては敵わないと、アザレアはため息をついてようやく距離を取った。
「ここまで拒まれたのなんて初めてよ。私、自信を無くしてしまいそうだわ」
ベッドに座る傍ら、様子を窺ってみる。シェドはようやく剣を鞘に納めたところだった。
「どうしてそんなに拒むの? もしかして、故郷に誓いを立てた女性でもいるのかしら」
「……いや」
油断なく柄に指を滑らせたまま、シェドは迷うように数秒視線を泳がせた。 それからようやく、ぽつりと答える。
「抱くのは惚れた女だけと、決めている」
矜持というよりは、自分への約束事。
自分で決めたルールを順守するために、慣習だろうと誘惑だろうと、無視を決め込む。
この国でその意固地な誓いがどれだけ意味を成せるものやらと、アザレアはつい笑みをこぼした。
「なら、貴方が私を愛してくれるなら、問題がなくなるわね?」
「俺はお前に興味ない」
「今のところは、でしょう? こちらとしても、清めの儀礼は行わなければならないもの」
そっけない態度も今だけだ。巫女として全力で目の前の男を落としてみせるとアザレアは意気込む。
「お前が最後に悔しがるのが目に見える」
「あら、随分強気ね。言っておくけど私、男のひとには結構好かれるのよ?」
簡単な勝負だわ、とアザレアは鮮やかに笑う。自信満々に言い放つさまを、無機質な眼差しがぼんやりと見つめていた。
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