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先生が手紙を配り終わり、女子生徒の甘い声を華麗に受け流して教室を出て行ってから、もうかなりの時間が経っている。もし、もしもさっき潰してくしゃくしゃになってしまったこの紙に書いてあることが本当ならば、先生は現在進行形で進路相談室で俺を待っているということになる。
ここまでのことをしておいて先生という立場の人が嘘を吐くわけがないから、本当も嘘も何もなくそこにいるんだとは思うが……。俺は正直、進路相談室に行くか行かないか迷っていた。
理由は至極単純、返事を聞くのが怖いから。
そもそも、はじめから返事を期待してなどいなかった。関係で言えば生徒と先生だし、何より男同士だし。先生に付き合っている人がいるという話はこの三年間聞いたことはなかったけれど、受け入れられるかはまた別の話だ。
俺は気持ちを伝えられただけ良かった。そう、思っていたのに、思わせていたかったのに。
先生という立場上、きっちり返事をしなければと考えての行動だということは容易に想像がつくが……。
「あ、これからカラオケ行かねって話になって今人数確認してるんだけど、お前も行くよな?」
「……え? カラオケ?」
「そうだよ。行くってことでいいよな?」
俺があれこれ考えていた間に、そんな会話が交わされていたらしい。卒業式後の、仲が良い男同士でのカラオケ、行きたくないわけがない。しかし、俺は友人からの問いに即答できなかった。それが一体何を意味するのか、分からない程俺は自分の気持ちに鈍感ではない。
友人たちとはまた連絡を取ればいつでも会えるけど、先生とはこの機会を逃せば会える可能性はほとんどない。
――ならば、俺が取るべき行動は。
「ごめん。折角誘ってもらって悪いんだけど、俺、この後用事あって」
「あ……そうだったのか。悪いな、引き止めちまって」
友人が残念そうな顔をしながら謝る。本当はお前は悪くないと、寧ろお礼を言いたいくらいだと言いたかったが、ややこしいことになりそうなのでそれはやめた。
「いや、大丈夫だ。もし良かったらまた誘ってくれよ。俺もお前とは休み中に遊びたいから」
「おう、わかった。また連絡するわ」
「サンキュ。じゃあ、悪いけどもう行くな。みんなによろしく」
友人に断りと帰る旨を伝え、俺は鞄を手に持ち教室のドアへ向かう。友人から話を聞いたのか、後ろから「じゃーな」「また遊ぼうぜ」などと聞こえてきた。俺は右手を顔の横まで上げながら振り返り、「おう」と返事をした。そしてそのまま、教室を後にした。
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