20人が本棚に入れています
本棚に追加
「……失礼します」
入室前のノックからのやり取りを終え、俺は進路相談室へと足を踏み入れた。下げていた視線を真っ直ぐにすると、目の前には足を組んで椅子に座る先生の姿があった。その様はさながら映画のワンシーンのようで……、一瞬で俺の目は釘付けになった。
先生は横目で俺の姿を捉えると、
「もう来ないかと思ってた。手紙、読んでくれたんだな」
ふわりと、周りにきらきらとしたオーラが見えそうな柔らかい微笑み、耳に心地よい穏やかな声音。それだけで、俺の心は揺さぶられる。
……あぁ、そうだ。俺は、先生のこの笑みと声に惹かれたんだ。去年の四月、教室で初めて会ったあの日から。
「まあ、ね」
返事が気になってたことを悟られたくなくて、努めて冷静に振る舞う。でも、先生は鋭いからそんな俺の演技なんてすぐに見破ってしまうだろう。
現にほら、先生は手の甲で口元を押さえて肩を揺らしている。声が出るのを堪えていることが伝わってきて、俺の虚勢は瞬く間に崩れ去ってしまった。
……三日前に告白して俺のすべてを曝け出しているのだから、今更何をしても意味ないのだけれども。
「本当は手紙に書いても良かったんだけど。やっぱり、直接言いたいと思ってね」
「そう、ですか」
「ただ、誰かに聞かれる可能性もある。だから、」
先生はそこで一度言葉を切り、ちらりと窓の外を見てから再び俺の方へ向き直った。俺を見る瞳は真剣そのもので、俺の告白を真正面から受け止めて、考えてくれたのだとわかる。
今だって、気持ち悪いとかありえないとか、そう言って一瞬で切ることもできたはずだ。しかしそうはしなかった先生の姿に、俺はやはり先生は優しいと思うと同時にどうしようもなく焦がれた。
「僕が君に告白される前、君に思っていたことを言おう」
「……は?」
予想の斜め上をいく言葉に、俺は話している相手が目上の立場であることも忘れて素で反応していた。だってまさか、告白の返事に断りの言葉でもなく想い人がいるなどの今の気持ちでもなく、告白される以前のことを言われようとは誰が思うか。
俺の反応がおかしかったのか、先生はまた肩を揺らしていた。ここまで何度も笑われるとバカにされているんじゃないかと思ってしまう。抗議するような目を向けると先生は「ごめんごめん」と言ってくれたけど、こういうところがまだまだガキだよな、とか思われてそう。……なんて。
何を当たり前のことを考えているんだか。十歳も離れているのだから、先生からしたら俺たちは危なっかしくて目の離せない、不安定な子どもだろう。
「僕から君への、最後の課題だ」
「え……」
——課題。その言葉に、俺は今までの日々を思い出し始めた。
最初のコメントを投稿しよう!