31文字のメッセージ

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 高校三年生になったあの日、担任として教室に入ってきた先生。自己紹介で担当科目は古典であることを知り、古典が苦手科目だった俺はすぐに先生に頼んだ。「古典を教えて欲しい」と。  俺の通う高校は教科準備室なるものはなかったから、いつも進路相談室で教えてもらっていた。先生に時間がある日だけ、放課後の一時間。先生の教え方はとても丁寧で分かりやすく、通常の授業では苦痛に感じていた時間もあっという間だった。  毎回、今日ももうすぐ終わってしまうと、あの声を独り占めできる時間が終わってしまうと、考えていた。あの頃からとっくに先生のことが好きだったんだな、俺。  そして、終わりになると先生は必ずこう言うのだ。 「それでは今日の課題です。次空いてるのは……来週だから、それまでにやっておくこと」  そして数枚のプリントを渡してきた。しかもそのプリントは自作のもので、先生が俺の理解度に合わせて用意してくれたものだと知り、ますます強く惹かれていった。  だからあの日、俺は先生を進路相談室に呼び出して、今までのお礼と俺の気持ちを伝えたんだ。卒業しても、先生と元生徒の関係ではなく、それ以上の関係になりたいと思ったから。 「これが、課題だよ」  あの日々と同じように、先生が俺にプリントを差し出す。俺はそれを受け取ってすぐに目を通す。そこには——。 『消えねただしのぶの山の峰の雲かかる心の跡もなきまで』  和歌が、書かれていた。一度も聞いたことがない歌だった。課題というのは、この歌を訳してこいということなのだろうか。 「その歌の意味と、そこに込められた俺の思いがわかったら。提出しに来ること。あ、注釈書で訳を調べるのは無しだからな」 「もちろんそのつもりだけど。まさか、こんな形で返してくるとは思わなかった」 「僕たちにはこれがちょうど良いだろう」 「はは、確かに」  俺は笑いながら、プリントを鞄にしまった。用が済めば長居は無用。誰かに見られでもすればこの話は無くなってしまう。 「先生、この課題早く終わらせてみせるから。そんで、すぐ提出しに行くよ」 「それはいい心がけだ。頑張れ」  先生はいつもの笑みを浮かべて、校舎を出る生徒を見守る時の目で俺を見送ろうとしている。俺、これでもあなたが好きで、告白した生徒だよ? 何かされるかもしれないとか、少しは意識してくれないかなぁ。それとも、そんな対象じゃない?  別れ際にそんな考えが過ってしまい、無性に先生の笑みを崩したくなった。でも、何をしたらいいかなんて瞬時に思い浮かぶはずもなく。俺は先生に背を向けて歩き出す。徐々に、扉との距離が近くなる。ノブに手をかけた、——その時。 「卒業おめでとう。……待ってるから」 「……!」  俺は掴んでいたノブを離して先生に駆け寄った。いきなり戻ってきた俺に驚く先生の表情を見てしてやったりと満足しながら、勢いのまま先生の耳元に顔を寄せる。 「ありがとう、先生」  すぐに身体を離し、にんまりと笑ってやる。先生は頬を僅かに染めて左耳を押さえていた。初めて見る表情だ。 「またね、せーんせい」  今度こそ、進路相談室を出た。先生は何か言いたそうにしていた気がしないでもないが、どうせまた会うのだからいいだろう。  それよりも今は、先生からの最後の課題を早く解くことの方が先だ。とりあえずは図書館に行こうかな。家にある辞典だけでは厳しいだろうし。うん、そうしよう。  帰宅してからの計画を練る俺の足取りは、とても軽いものだった。
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