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21 幸福な未来へ
「書記長様……。ええっ、そんなことを言われても困っちゃうんだけど……」
読み終えたので指示通りに、即座に燃やさなければならない。夕刻、竈の前にしゃがみ込んでいた。米を炊き上げているところだった。ちょうど叔母とセルディーは市場に買い出しに出ている。
料理が苦手なセルディーは、食材選びから地道に勉強しようと奮闘しているところなのだ。ディディはパチパチと弾けて燃える音を聞きながら悶々としていた。
「うーん、どうしよう。ええっ、どうしようーーー」
いつの間にか大袈裟なことになっている。
(あたしは、この国を敵視していないわよ。故郷での生活よりも、ここの暮らしの方が好きなの)
ジゼルだった過去を王子に告白する気にはなれなかった。貧しい移民の娘として王子と向かい合いたいと思っている。
王妃とカルゴの裁判の判決の後、こう告げられたのだ。
『オレには君が必要だ。ハレムに残ってくれないか?』
まさか、あれが求婚だったとは……。住み込みで侍女として働けっていう意味だと思っていたのだ。まさか、あれが、愛の告白だったなんて……。
ディディはハレムに住むつもりはなかった。咄嗟にグヘっと顔を歪めていたのである。
『それは困ります。男の子として書記としての仕事をする方がいいです。どうか、元の仕事に戻してくださいませ。王子の着替えを手伝うよりも書類を作成する方が性に合っています』
『いや、それは無理だ。女性が官僚になる道筋はまだ作られていない。おまえが女だという事は裁判の場でバレてしまっている。だから、出勤を禁止する』
罰せられてもおかしくないところだが、書記長様の計らいにより、、家庭の事情で退職した事になっている。
あれ以後、女の子として普通に暮らしている。突然の変心に周囲の人が驚くと思っていたのだが、近所の人達は前から分かっていたらしい。
王子と連絡をとりたいが、その手紙は事前に検閲される可能性もある。暗号みたいにして書くしかない。とりあえず、ルビトリア語なら容易には読めないだろう。
『親愛なるレイ王子にご相談があります。妹は金髪のお兄様に会いたいのですが、聞いたところによりますと、金髪のお兄様は妹に愛されていないと思い込んでいるようです。妹は金髪のお兄様にとても興味がありますが、金髪のお兄様は、もう妹のことを忘れてしまったのでしょうか。妹は……』
と、ここまで書いて赤面していた。
(わー、アズベールの古文の真似して兄と妹の恋文ごっこみたいなことを書こうとしたけど、これじゃ、訳が分からないわよ! なんか怪しい恋愛相談みたいだよね! ひゃー、恥ずかしい)
グシャクジャと丸めてポイッと捨てていく。
「……王子に会いたいなぁ」
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