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最近、ずっと悩んでいる。果たして、王子は自分の事をどう思っているのだろう。
ディディは、釣り糸にかかった銀色の魚を魚籠に入れながら溜め息をついていく。
(書記のお仕事は忙しかったけれど、すごく楽しかったな……)
宮殿に入ってすぐに兄のサリンダに頼まれて戦記を読み耽った。戦略や戦術、歴史のあれこれを勉強することが楽しかった。
アズベールの歴史と文化を学んだせいなのか、前以上にアズベールという国を好きになっている。
聖堂の無料食堂の制度、寡婦を救うための制度、医学大学の奨学金制度。それらをルビトリアでも取り入れられたら、どんなにいいだろう。
(あーあ、もう書記のお仕事はやらせてもらえないんだね……)
寂しい気持ちでいると頭上でニャーいう鳴き声が聞こえてきた。金色の野良猫が不安そうに枝の先端で縮こまっている。気になって仕方なかった。
しばらく見上げていたが猫はおりて来なかった。放ってはおけなかった。翌日も同じ場所に向かって釣りをしに向かった。やはり、まだ、金色の猫は木の上にいた。
「ねぇ、そこから下りておいでよ。大丈夫だよ。受け止めてあげるよ」
見たところ成猫のようだ。体型がしっかりしている。きっとオスなのだた。もしかしたら野良犬に追われて木に避難したのかもしれない。
猫は降りるのが苦手なのだ。川沿いの高い木の枝の端っこにうずくまったままジッとしている。呼んでも、ぜんぜん動こうとはしない。
「ほら、お魚! おいしいよ!」
ディディは先刻釣った川魚をブンブン振って猫にアピールしてみるが、猫はキュッと頑なな姿勢のまま固まってしまっている。
「怖くないよーーー。草むらだよ。さぁ、こっちにおいでよ。落ちても死なないよ……」
言葉が伝わらない。もどかしい。夜は冷える。お腹も空く。
そんなところに独りでいたら寂しいじゃないか!
「降りておいでよ! ていうか、降りなさーい!」
ディディはドカッと脚を上げて木を蹴っ飛ばしたがビクともしない。最近は女の子の格好をしているので動きにくいが仕方ない。
こうなったら木に登るしかないと思ったけれども不意に呼び止められていた。
「やめろ」
よく知っている声だった。パッと顔を輝かせながら振り向く。
「ディディ、そんなことしたら猫は警戒して、もっと高い場所に逃げるぞ」
王子が籠を抱えていることに気付いた。覗き込むと黒猫のヘルワが入っていた。首に巻かれた赤いリボンが愛らしい。
「セルディーから聞いたぞ。おまえが猫を木から下ろしたがっているというから連れてきたのさ。見ろ! ここに街でいちばん可愛い子猫ちゃんがいるぞ!」
黒猫のヘルワを木の根の脇に放っている。すると、木の上の金色の猫はピクンと視線を向けて電光石火の勢いで飛び降りたのだ。
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