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宮廷の書記になれるのは男子だけである。ディディは両手で腰回りを押さえつつ懸命に踏ん張りながらも、あれこれと思案していく。ババスが無能で幼稚な事は同僚も知っている。仮に、こいつに怪我を負わせても正当防衛という事で許されるかもしれない。
パンツを脱がされて女だとバレると困るので先手を打つことにした。
兄から護身術として金玉の攻撃を教わっている。今こそ、その時だ。膝を上げて金玉を蹴ろうとしていると、凛とした低い声音が書庫に響いた。
「おまえら、そこで何をしている!」
ババスの背後にある棚の内側に誰かが潜んでいるようだが薄暗くて顔が見えない。
「おい、邪魔すんなよ。誰だよ!」
ババスが胡乱な目つきで見据えている。どうせ、こんな時間帯に埃の積った書架にいるのは、うだつの上がらない老いぼれの学者に違いないと思って侮っているらしい。だが、物陰から出てきたのは優美な顔立ちの若者だった。まるで、空気の粒子が彼に集中しているかのようだ。威厳があった。
「知らぬとは言わせないぞ。オレの顔は知っているだろう! ババス、おまえはここで何をしていたのだ?」
金色の巻き毛がターバンの縁からチラリと零れ落ちている。その鼻梁はまっすぐ整っていて、歯は真珠のように白くて肌は透けるように滑らかだ。灰色がかった青い双眸は宝石のように美しい。紫色の絹の光沢が艶やかな長衣を彩る縁取りの刺繍の意匠も凝っている。紫の衣は王族だけが着ることを許されているのだ。
「お、王子様……」
いつも無駄に大きいババスの声が縮こまっている。
高官の息子のババスはともかく、新入りのディディが王子と出会うような機会などない。
「レイ王子、申し上げます。不埒な書記が、わたくしを誘惑したのでございます!」
大きな目玉を引ん剥くような顔つきのまま、ババスはひれ伏した。
ディディはポカンとしていた。まさか、第一王子がこんなに美形だったとは知らなかった。
いや、見惚れている場合ではない。ディディもババスと同じ姿勢で膝をついて額をこすりつけていると、王子は睥睨しながら言い渡した。
「ババス。おまえの下手な言い訳は聞きたくない。消えろ。目障りだ!」
「お許しをーー。も、申し訳ございませんでしたーーー」
ババスが去った後、デイディは手を床につけたまま丁寧に礼を述べた。
「あ、ありがとうございます」
「言っておくが、あいつの父は地方長官だ。敵に回すとやっかいだぞ。さぁ、立て。おまえは新入りの書記なのだな? どうやら、キーリア教徒のようだな」
「はい。ディディと申します。八年前、戦禍を逃れてルビトリア南部の農村から亡命してまいりました。以後、西区の片隅で遠縁の者と一緒に暮らしております」
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