2 レイ王子との出会い

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「大変だよ。昨日、新入りの娼婦が、ルビトリアの王族の唯一の生き残りのジゼル姫だって宣言したらしいよ。そいつは、紋章入りの宝石を持っていたらしいんだよ。あんた、昔、宝石を盗まれたって言ってたよね……」 「うん、盗まれたよ」  いてもたってもいられなくなって立ち上がる。  なぜなら、デイディこそ本物のシゼルだからだ。 「あたし、偽者のジゼルの顔を見てくるわ」   すぐさま、ナーラが、昔、身につけていた娼婦の衣服を身につけて、念入りに化粧を施していく。よし、変装、完了。歓楽街をふらつくなら、娼婦の格好をしている方が安全だ。娼婦には後ろ盾がいるので、酔っ払いや追い剥ぎも迂闊に手を出せやしない。  娼婦は日没からが稼ぎ時。複数の女性達が二階の各部屋のバルコニーに立って客を手招している。    はてさて、どの娘がジゼルなのだろう。客引きをしている若い男に尋ねると教えてくれた。 「ジゼル様ならあそこにいるぜ。緋色の服の背の高い娘だ。まさか、ルビトリウの王家の血を引く娘が、あんな場所で身売りしていたなんて哀れだよな」  真上の二階のバルコニーにその娘は佇んでいた。  黄昏時なので彼女の顔の細部までは分からないが、瑠璃色のグラスを細い指で握り締めて飲酒している。そんな彼女が左手に嵌めている緑色の腕輪に見覚えがあった。  ハッと心がざわめき始める。  もしかしたら、あの時の泥棒のセルディーなのかもしれない。八年前の出来事を思い出していたのだが、いきなり、彼女を問い詰める訳にもいかない。どうしたものか……。  その時、路地の向こうに目をやると、立派な馬を引いて歩いている細身の若者が見えた。 「うそ、なんで……」  レイ王子だった。今夜の彼はルビトリア人の恰好をしており、ターバンを巻かずに黄金色の髪を夜風になびかせている。  歴代の王は北方の異民族の娘を寵愛してきた。だから、彼のように金髪で青い瞳の子供が生まれることもあるのだが、ああやっていると、北方のキーリア教徒の坊ちゃんのように見える。 (レイ王子、なんで、こんなところにいるのよ?)  理由が何であれ、彼に、こんな姿を見られるとヤバイのだ。ディディは踵を返して走り去ろうとした。この界隈の路地は敵兵が攻め難いように驢馬が通るのが精一杯の幅に設計されている。ハァハァと息をこらしながら建物の角を右折しようとしていると、脇道からいきなり迫ってきた王子に肩を掴まれていた。  強引に壁と壁の隙間に引きずり込まれてしまっている。 「おまえ、なぜ、オレの顔を見て逃げようとしたんだ! 言ってみろ」  その横柄な物言いにムッとなる。 「生理痛がひどいのよ。手を放してよ。何なのよ。こんなことする権利はないわよ」
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