2 レイ王子との出会い

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 なぜだか分からないが、王子は唇を緩やかに吊り上げて不敵に笑っている。ディディの頬に片手を添えながら柔らかい声音で囁いた。 「おまえは小鹿みたいに元気がいいんだな」  ああ、いけない。王子の色気に気圧されて足腰が抜け落ちそうになってしまいそうになるが、その直後、王子の態度が豹変していた。いきなり、ディディの肩を掴んで引き寄せたかと思うと、胸へと指先を伸ばしている。ムギッと握られた。  そんな、まさか……。 「偽物の胸ではなさそうだな。念の為に確認しただけだ。悪気はない。気にするな」  パッと手を放している。しかし、ディディは顔を真っ赤にしていた。 「あたしは高級娼婦なのよ。ものすごーく高いのよ! 気安く触らないでよ」  なんてことするんだ。キッと目元を軋ませ、王子の脛を蹴っ飛ばしてやった。すると、王子は、いてぇーと少しばかりよろめきながらも不敵に笑った。 「お詫びをする。いくら欲しいか言え」 「お、お金なんていらないわよ!」  その時、ふと、夜道の向こうから男達の笑い声が聞こえてきた。鼻先を刺激する妙な臭いが風に乗って流れてきた。工場で皮をなめす作業員だ。  彼等は、建物と建物の隙間にいるディディ達に気付く事もなく通り過ぎていく。王子はどこかホッとしたように言った。 「おまえは帰れ。いいな、夜は物騒だ。寄り道するなよ」  紳士的に軽やかにディディの背中を通りへと押し出している。ディディが歩き出すと、さりげなく囁いた。 「ゆっくり休むといい。勝気で威勢のいいディディお嬢さん」  えっ。驚きの余りバキッと目を開いて振り返る。 「……バレていたのですか」  放心したように見つめ返しながらも、不安な顔を見せていると彼は言い切った。 「ああ、化粧をしていも分かるよ。別に、書記として優秀なら女でも問題ない。黙っておいてやるよ。その代わり、今夜、ここでオレを見た事を誰にも言うなよ」 「……あっ、はい。もちろん言いません。でも、ここに何をしに……?」 「野暮な事は聞くなよ」  だしぬけに笑った。ここは、歓楽街だ……。いや、でも、あなたは童貞王子と噂されていた筈なのでは……。 「それじゃ、またな。近いうちに会おう」  アスベールの役人として女が働く事は禁止されているけれども、それを見逃してくれている。デイディはホッとしていた。  コツコツと足音を響かせて立ち去る王子を見送った。  白っぽい上着のせいなのか背中が闇にポツリと浮いているように見える。  彼は、カツカツと踵の音を鳴らして角を左折する。デディの視界から消えた。しかし、いつまでも、ディディの心には残像として残っていたのだった。       
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