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1 街の噂
邪気を祓うとされている乳香の香りが漂う公共浴場には茶飲み処が併設されており、風呂上りの、男達の社交場となっている。
「よう、じーさん、レイ王子はまだ独身なのかい?」
香辛料を扱うグンテルは、砂漠を横断する長い旅を経て、アスベールの王都の隊商宿に着いたばかり。その問いに対して、官吏達と話す機会が多い絹商人のラトが答えた。
「おお、そうだよ。側女もおられない。王様は一年前から病気で臥せっておられるので、半年前から二人の王子が政務を代行しておられるんじゃよ」
「聞いたところによると、レイ王子は毒を飲まされて死にかけたせいで、いい歳して童貞なんだってな」
すると、なぜか、脇で水煙草を吸っていた少年が割り込んできた。
「おい、おっさん、勝手なこと言ってんじゃねぇよ。レイ王子を無能扱いするのは王妃の取り巻き連中達だけだよ!」
「シッ。そんな大声を出すもんじゃない。誰だか知らんが、おまえさん死にたいのかね。よさんかね!」
これまで王妃を批判した町人が不敬罪で捕らえられている。いつ、どこに王妃の密偵が潜んでいるかは分からない。しかし、そんな事など気にもとめていないのか、グンテルが呑気な声で呟いている。
「どっちの王子の派閥に取り入ればいいのかねぇ。悩ましいところだよな。やっぱり、次の国王はアルバ様だろうな、王妃の一人息子だもんな」
けれども、ラトは白い髭をさすりながら言う。
「派閥などないさ。奴隷が産んだレイ王子には後ろ盾などないからのう」
「そんじゃ、おいらは王妃様の親戚に賄賂を贈るとするか」
しかし、アルバは結婚して五年になるが子宝に恵まれない……。もしかしたら、お子様を作れない身体なのではないかとと疑う者もいる。むろん、王妃一族はアルバに側女を与えようとやっきになっているが、アルバはそれを断っている。
後継ぎを決めるのは王様なのだが、果たして、レイとアルバ、どちらの王子が王に相応しいのだろうか?
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