2 わが国の平和への歩み(平和維持省ホームページより一部抜粋)

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2 わが国の平和への歩み(平和維持省ホームページより一部抜粋)

 わが国は第二次世界大戦以後、憲法による恒久的な戦力の不保持、および交戦権のいっさいを放棄したという輝かしい歴史がありました。しかしそれはあくまで対外的な政策にすぎず、国家よりも下位の組織レベル、個人レベルでは依然として暴力の発露、怒りの発散によって多数の不幸な事件が起きていたのが実情でした。  さかのぼること25年前の2020年、国民のみなさまがたによる選挙の結果、われわれ極左政党(ウルトラ・ラディカル・ポリティカル・パーティ)〈恒久平和党〉による(いわゆる)20年体制が確立され、いまにいたっております。  わが党では国民のみなさまがたの強い希望に応えるかたちで、憲法9条の解釈を国家間の戦争のみに限定するのではなく、すべての個人へと敷衍することを決定いたしました(マンカインド・エターナルピース法。以下ピース法と略記)。  そうすることにより、衝動的な殺人や暴力行為を駆逐し、先進国に恥じない治安を確立、もって世界に名だたる平和国家建設という壮大なプロジェクトが始動したのです。以下にわが国が尽力した平和への貢献を列挙します。 1、全新生児を対象としたニューラルネットワークの連結誘導  すべての新生児は出生届の受理と同時に、指定の医療機関で脳の適正化処理が義務付けられました。具体的には扁桃体の〈闘争か逃走か〉の闘争ラインを遮断する外科手術、視床下部から分泌されるアドレナリンに対抗するアンタゴニストホルモン生成遺伝子付与、セロトニンの継続的な分泌を惹起するヒストンへのncRNA産生促進など、多数の医学的処置がお子さまから怒りという感情そのものを取り除きます。 2、成人への対処  1項でご説明したアンタゴニストホルモンなどの薬剤投与により、成人のみなさまがたの感情制御に成功しています。ピース法制定当時は経口投与のサボタージュによる不徹底が目立ったため、のちに法改正が行われ、成人は皮下埋め込みパッチによる半永久的な継続投与が義務付けられました。  とはいえ新生児のニューラルネットワーク処理に比べ、効果はやはりばらつきがあり、さらなる感情制御の改善が待たれています。 3、めざましい効果  1、2項のような対策により、わが国は名実ともに世界でもっとも治安のよい国家に昇り詰め、現在のところ20年連続で首位を独占しております。当該順位は親告罪に対する泣き寝入りのような、いわゆる〈隠れた犯罪〉を差し引いた真の数字を考慮しても変わりません。なぜならそもそも犯罪率がゼロコンマ以下にまで激減しているからです。  一部の国からゾンビ集団、競争を放棄した日和見主義者などの(的外れな)批判があるのは事実ですが、いずれもわが国の治安に対する羨望、ないしは妬みからくる誤った評価にすぎません。 4、保証された自由  以上の改革はもちろん、国民のみなさまがたの〈怒る権利〉を全面的に剥奪するものではありません。なんらかの万やむをえない事情により、どうしても憤怒の発露をする必要に迫られた場合には、憤怒を希望する組織または個人は定められた書式に必要事項を記入し、お近くの憤怒管理課へ提出してください。  対象の憤怒が正当と認められた場合に限り、書類が受理され、認められた憤怒の発露に足りるだけの処置(厳密には抑制状態の解除)を受けられます。  怒りという感情はわれわれ進歩的な文明人にとって不必要なものです。これを無制限に万人へ解放するのは殺人が10万人あたり1人以上も起きていた野蛮時代への回帰を意味します。平和のためには多少の不自由や経済停滞はやむをえないものなのです。  そしてそれらの代償は、恒久平和と引き換えとするに十分値するでしょう。
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