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五日目
今日も上履きはない。
いや、それよりも大変なことが起きた。
教室に着いたら、私の席が無くなっていた。
椅子と机が無くなっていた。
誰かが移動させたのかと教室を見渡してみたけれど何処にもなかった。
私は呆然と机があった場所の前で立っていた。
そうして何分が過ぎただろうか。
「邪魔、存在が邪魔。死んだら?」
そう言って前の席の男子がぶつかってきた。
「……」
私は無言でどいて机があった位置に立った。
ずっと立っているというのは想像以上に疲れる。
椅子に座るよりも立っている方が腰への負担は小さいらしいけど、嘘なんじゃないか。
一時間目。
足が疲れた。
二時間目。
頭がぼーっとしてくるのは貧血だろうか。
三時間目。
足ががくがくしてきた。
四時間目。
もうだめ。立ってられない。
「おい、ちゃんと授業受けろよ」
しゃがんでいたら前の席の男子が振り返ってそう言った。
その顔を見て、鳥肌が立った。
軽蔑しきった目。どうしてそんな目で見るんだろう。
そのままでいたらずっとその目を見ることになりそうだから、力を振り絞って立った。
それを確認したからか、前を向きなおした。
ああ、これであの目を見ないで済む。
だけど、疲れたな……。
給食は殆ど食べることが出来なかった。
机がないから誰も運ばなかった。
仕方ないのでプレートに皿を載せて床に置いて食べようとしたのだが、
「うわっ何でこんなところにいるんだよ」
プレートを蹴り飛ばされた。味噌汁が制服についてしまった。
皿は全部ひっくり返ってしまったので牛乳を飲んだだけで終わった。
「突っ立ってんじゃねえよ、邪魔なんだよ」
目の前に立っている男子は苛立った口調で言った。
私は床に這いつくばっていた。この男子に足を蹴られて転ばされた。床に転ぶと地面のように傷ができることは無いけど、関節が痛くなる。全身がずきずきして立つことが出来ない。
「お前さあ、なんで生きてんの?邪魔にしかならない人間なんて生きる価値あるの?ああ、人間じゃなかったか、ゴミだもんな」
そう言って興味を失ったのか男子の集団に交じって話し始めた。
数歩先の距離にその男子がいる。
今ならやれる。
何故かそんな考えが頭をよぎった。
私の手は自然とポケットに伸びていた。
手がポケットの中にあるものを掴む。
シャープペンシルよりも太く、重い感触。
こんなに重かったっけ。
まあいいや。
そんなことを考えながら前に向かって一歩踏み出そうとした……ら転んだ。
「っつ⁉」
何が起きたの?床に転がったまま後ろを見ると由香がこちらに足を延ばしていた。
「なんだよ、お前‼ぶつかってくんなよ‼」
転んだ拍子に男子にぶつかってしまった。
「ご、ごめん」
思わず謝ったけれど謝るべきはこの男子の方だろう。だけどそこまで頭は働かなかった。
「カッターナイフ使おうとしてたでしょ」
帰り道。由香は唐突にそう言った。
「し、してないよ」
カッターナイフであの男子を刺そうとしていたわけではない……と思う。
ただ、何となく体が動いていた。
「そう、ならいいけど。足引っかけてごめん」
「いいよ」
そう言ったら、涙が溢れてきた。
「え⁉どうしたの?」
「何でもない」
そう言って涙を拭いながら思った。
やっと終わったんだ。
これでいつものように過ごせる。
日常が戻ってくるんだ。
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