怒るな

どうして？

　怒ってはいけないよ。
　大人たちは皆、そう言う。
　小学生の時、聞いたことがある。
　どうして？
　聞いたのはお母さんだったか学校の先生だったかよく覚えていない。
　だけど確かこう言った。
　怒るというのは一時的な感情で、周りの人を傷付けてしまうことがあるの。
　私は聞いた。
　どうして周りの人を傷付けちゃうの？いけないことだよね？
　そうよ。だけどこの感情はもともと自分の身を守るためにあったの。今は怒る感情を持っている人は殆どいないの。人間は動物じゃないから。怒りの感情がいらなくなっていったの。昔の人間はほぼ全員が怒りの感情を持っていたらしいけどね。
　その時は意味がよく分からなかったけど、学年が上がるにつれて分かるようになってきた。
　日本では毎年300件ほどの殺人事件が起きる。犯人は皆、怒る感情を持っている。だから、怒る感情を持っている人が社会に出るのを防ぐために五年前からあることが行われていた。
　それは、中学校で怒る感情を持っている人を見つけ出すこと。
　全員、一週間の間いじめられることにより、怒る感情を持っている人か見極めるのだ。
　一週間の間、対象の生徒にはクラスメイトは嫌がらせをしないといけない。
　もちろん喋るのもだ。
　由香ちゃんが喋らないようにしていたのは私を傷付けないようにだろう。　　
　私が持っていたカッターナイフも学校からもらったものだ。
　怒っても怒っているか判別が難しいので主にカッターナイフを使おうとしたかで判断される。自分で言うのもあるけど、そんな人は稀だ。怒る感情を持っている人は皆、自由を奪われるらしい。
　だから一週間、気が気じゃなかった。自分が怒る感情を持っている人なんじゃないかと。本当に良かった。
　私はもし怒ったら自分から言おうと思っていた。いつか人を殺すなんてことになったら嫌だから。人を傷付けてまで生きていたくないから。
　でも、怒るってどういうものなんだろう。人を傷付けるような感情なんてどんなものなんだろう。

　私は夕飯を食べながらテレビを見ていた。
「去年の全国の自殺者数は初めて100万人を超えました。これを受けて○○首相は専門の省を作り、五年以内に自殺者を半分にすると発言し、波紋を呼んでいます。××さん、そんなことは可能なのでしょうか？」
「そうですね、まず不可能だと思います。一昔前なら経済対策でもすれば貧乏人の自殺は防げた。でも、今はそんな人はいません。　今の自殺者のほとんどは満ち足りた自殺者と呼ばれ、満たされることによる無気力が原因ではないかと言われています。それならば心を満たせば自殺は防げるでしょうが、簡単ではありません。そもそも……」
　どうして、自殺なんてするんだろう。とっても痛いのに。