真夏の夜に降りよる雪

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 見渡す限り、浦上の町が無(の)うなっとって、どこもかしこも燃えとりました。木造の家がすべて潰れとって、草木が悉く吹き飛ばされて薙ぎ倒されとって、山も焼けて麓が禿げとった。    イエズス様が十字架にかけられなさっとった時のごと、風がソウソウと鳴って向きも定まっとらんで、地が暗うなっとったばってん、まだ昼やったとは直に分かりました。気色ん悪か雲が大火事の明かりば赤黒う映しとって、そん切れ目にまだ高か太陽が覗いとったけん。朧で不気味な満月のごたった。    時折、赤(あこ)う吹雪いてもおりました。大小無数の火柱が黒煙ば上げながら、渦巻いて盛っとったとです。    祈りば唱えて気ば失うて、風に舞とった炎の轟音で気がついて、また祈りば唱えて意識が朦朧として、敵機の爆音や照明弾の炸裂音で意識がハッキリして……。何遍も繰り返して、どれだけ経ったとやろうか。    目の前の畑に、黒焦げになって死んどる馬と、割れて散蒔かれとる瓦と、枝ば捥がれて焼けとる木の幹が、どこからか飛んで来とります。なっとった南瓜の太か玉が全部、葉や茎もろとも無うなってしもうとる。    渇きに気ば狂わせらるるとは、祈りば唱えることで、かろうじて堪え続けよります。どんげん苦しみも、己が十字架として担わねばなりません。    ――天主の御母聖マリア、罪人なる我らのために今も臨終の時も祈りたまえ。アーメン。
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