真夏の夜に降りよる雪

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 カラカラの喉から、こん祈りの言葉だけは、何とか搾り出しとります。神父様に終油の秘蹟ば授けて頂くとは、どうにも無理のごたる。こいで最期と思うては、痛悔ば繰り返しよります。うちは、天国に上げらるるやろうか。    人間は、そいこそ虫の息になっても、なかなか死ねんごたる。幸か不幸か、大空襲の後の大火事は、うちのおる畑に延びませんでした。焼けて土や煙や黒か雨ば浴びとる体には、硝子の破片やら板切れやら刺さっとります。顔も体と同じくらい大火傷で腫れて、見られんごと酷かやろう。首から上だけなら少し動かせるばってん、体中の骨が折れとるごたって、永井博士に習(なろ)うて訓練した応急手当もしいきらん。    十人並で、もう中年増ばってん、うちも女です。鏡で顔ば見られんとは、ありがたか。唯一誇るるもんで、烏の濡れ羽色と褒められとった黒髪も、銃後髷が崩れとるどころか、焼け焦げとるやろう。うちに見向きもせんで畑の脇の坂道ば上って行きなさった、男か女かも分からん皆の、逆立って縮れとった髪のごと。    ともに天涯孤独の身の上で、浦上養育院で一緒に大きゅうなった夫は、名誉の戦死ば遂げました。子宝にも恵まれんやったけん、うちの姿ば見て心ば痛める家族がおらんとも、天主様の御恩寵のごと思えます。
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