34人が本棚に入れています
本棚に追加
朝雲暮雨
『風邪? 大丈夫なの?』
「あぁ、ちょっと熱っぽい」
『そっち行くー?』
「いや、ダルいし一人で居たい」
『そっか。じゃー何かあれば言ってね』
「ん」
受話器越しの彼女の声は、心配する言葉とは裏腹にどこか軽い。きっと今日は他の男と過ごすんだろう。
……俺が今までしてきたように。
昨夜――いや、今朝?
俺は雨の中ただ呆然と立ち尽くしていた。
長時間寒空の下過ごすことを想定していなかった服装といつの間にか降っていた雨に、帰宅し軽く眠り、目を覚ました俺の体は見事にやられていた。
だって、突然過ぎる。
こんな結末想像もしたこと無かった。
脱ぎ捨てたコートの横に、ミズキちゃんがくれた包みが転がっている。
中身はまだ見ていない。
布団から抜け出すのも面倒で、起き上がらずに無理に手を伸ばしてそれを掴んだ。
可愛らしいラッピング。
そういえば彼女はこういう可愛いものが好きなんだろうか?
俺の周りにはあまり居なかったタイプの、いかにも女の子って感じの趣味の部屋だったし、服装もふわふわしてて可愛かった。
丁寧に結ばれた赤いリボンを解くと、中には見覚えのあるものがいくつか入っていた。
いつかあげた人気アニメのキーホルダー。
確かジュースのオマケでついてたけれど、要らないからってあげたんだ。
いつか一緒に聴いた2人共好きなアーティストのCD。
確か彼女が買ったら貸してくれるって約束だった。
いつか置いてきたライター。
安物の使い捨てライターだったけれど、俺が忘れた時用の予備として置いていた。
どれも俺にとってはどうでもいいようなモノだった。
それでも、ミズキちゃんはいつも、こんなゴミみたいなキーホルダー1つも宝物のように大切に、嬉しそうに持っていてくれた。
好きな曲を共有できることに対して、とびきりの笑顔で喜んでくれた。
自分はタバコは吸わないのに、わざわざ灰皿も買って用意していてくれた。
……ついさっきの電話を思い出す。
俺の“本命のコイビト”というものは、そんな反応絶対してくれない。
なのにどうして、ミズキちゃんを“本命”にしなかったんだろう?
ヒロユキがミズキちゃんと付き合っていながら浮気していたのは知っていた。今の嫁さん――当時の浮気相手をナンパした時、俺も一緒に居たから。
その頃はミズキちゃんは“親友の彼女”で、しいて言えば女の子らしくて可愛いなって思ってたくらい。付き合うとかそういうことは考えもしなかった。
俺の周りにいるオンナは、みんなタバコと酒に溺れた、軽いノリのオンナばかりだったから。
ヒロユキも同じタイプの人間だと思っていたから、ミズキちゃんと付き合ってたことのほうが不自然に見えたくらいだ。
だけど、ヒロユキと別れた後再会したミズキちゃんは、どんどん俺の生活に入ってきた。
もう関わることの無いコだと思っていたのに、気が付けば一線をも越えていた。
話していて楽しい、一緒に居て安らげる。それでも、やはりどこか真面目な彼女は俺とは合わないんだと思っていた。
きちんと付き合うとか、そういうことは考えたくない。まだまだ遊んでいたい。
そんな俺にも、ミズキちゃんという女の子はいつも笑顔をくれたんだ。
携帯が鳴り、一瞬ミズキちゃんじゃないかと期待した。
だけどディスプレイにはさっきまで話していたカノジョの名前。
「……何?」
『あ、この前ヤマトが言ってたビールの種類多い飲み屋ってドコだっけー?』
「……あー……? 俺なんか言ってたっけ?」
『あれー? ヤマトじゃなかったかなぁ? ま、いいやー。そんだけ』
「……っそ。じゃあ切るわ」
『はいよー』
酒ヤケしてかなりハスキーな声に、テキトーな言葉遣い。誰に聞いた話なんだよ。
ミズキちゃんなら、俺が風邪引いたって言ったらソッコー来て看病してくれるんだろうな。前にちょっと頭痛がするって言った時も、しばらく心配してメールしてくれてた。
……別のオンナと飲んでて二日酔いで頭が痛かっただけなのに。
俺みたいなヤツにも残っていた罪悪感というものから、いつもミズキちゃんの優しいメールに返事を送ることは出来なかったけれど。
ミズキちゃんがくれたCDを聴きながら、プレゼントと称して返されたモノを整理する。彼女はどんな気持ちでこの“プレゼント”を用意したんだろう?
プレゼントの袋の中から封筒が出てきた。キレイな字で『ヤマト君へ』と書かれている。
初めて彼女の字を見たかもしれない。
それなりに付き合いはあるはずなのに、俺は彼女のことを全然知らない。
その封筒を開け、便箋を取り出した。
最初のコメントを投稿しよう!