友達以上知り合い未満

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友達以上知り合い未満

 家に来た時、他の女のニオイ。  キスした時、アルコールのニオイ。  抱かれた時、タバコのニオイ。  帰った後、甘ったるい香水のニオイ。  ――――それが、彼のニオイだった。 「次の日曜? いいよ、暇ヒマ」 「よかった。でも、最近いつも私と遊んでない? 彼氏どうしたの?」 「んー……微妙」  恋人のヒロユキとはまだ一ヶ月。だけど、もう終わりの予感。  きっとヒロユキは自然消滅を狙ってるんだと思う。平日でも構わず頻繁にあったデートやメールももうないし、それどころかこっちからのメールに対しての返事もない。  すごく好きになる前でよかった。  それが私の気持ちで、それ以上もそれ以下もない。  ……本音を言えば嬉しいような悔しいような複雑なキモチだった。  私はヒロユキの友達のヤマト君がなんとなく気になってたし、だけどヒロユキから付き合おうって言ってきたくせに一ヶ月で終わらせようなんて自分勝手なのはムカつく。  あぁ、でも自分勝手なのは私もか。  恋人の友達が気になるなんて最低かもしれない。  ただ気になってただけ。顔が好みだってだけ。あ、音楽の趣味も似てる所はポイント高かったかな。  でもそれだけ。  二人で会うどころか連絡先すら知らない。  ヒロユキと遊ぶ時にたまに居たメンバーの一人ってだけだから、ヒロユキと終わっちゃったらヤマト君とも会う機会なくなっちゃうなぁって。  色々考えたけれど、次の恋を見つけるにはやっぱり曖昧な関係はよくない。  そう思ってヒロユキに別れようとメールしたら、そういうメールには待ってましたとばかりのスピーディーな返信。  私達の短い関係はあっという間に幕を閉じた。 「誰かいい人いないかなぁー。カッコイイ人がいいな」 「ミズキはホントに切り替え早いというか何というか……ヒロユキ君のことはもういいの?」 「もういいも何も。きちんと終わらせたのは私! フラれたみたいに言わないでよ」  カナは呆れ顔で溜息をついたけれど、フリー同士で休日の暇のつぶし合いを楽しんでくれていた。私もカナと一緒に遊ぶのは気楽だし、楽しい。 「あっ……」 「どしたの? イイ男でもいた?」  冗談っぽく訊くカナに、私は真顔で答えた。 「――うん」 「マジでっ!? どこどこ!?」 「あの車の……あれ、ヤマト君だ」 「ヤマト君? ……って、あぁー。ヒロユキ君のお友達だっけ?」 「うん! ホントにカッコいいんだからっ!!」 「あ、ちょっと待っ――――」  コンビニの駐車場。  思いがけない場所での再会に、私は夢中で彼の車に駆け寄っていた。  このチャンスは逃せない、そう思ったから。 「ヤマト君!!」  運転席に乗り込む彼に声を掛けると、驚いた表情で私を見た。 「あ、ミズキちゃんじゃん! 久し振りだね」 「うん! 元気だった?」 「あぁ。ミズキちゃんは……ヒロユキと終わったんだよね」 「あー……うん」 「フラれたって、ヒロユキ落ち込んでたから」  よく言うよ、ヒロユキのほうから離れていったくせに。 「そういえばヤマト君。私、ヤマト君の携帯聞いてないよね」 「あ、そうだよね」 「教えてもらってもいい?」 「モチロン」  携帯電話を取り出し、赤外線通信で彼のデータを受け取る。 「じゃあ、後でメールするね」 「ん、気をつけてな」  走り出す彼の車を見えなくなるまで見送ってから置いてきてしまったカナの元へ笑顔で戻ると、一部始終を眺めていたカナに笑われた。 「相変わらずミズキは行動力あるよねぇ。感心するわ」 「へへ、何とでも言ってよ」  そして私達の交流は始まった。  かなりマメな彼のメールは、「おはよう」から「おやすみ」まで携帯の充電が切れるほど絶えず続いた。  ハートマークのついた甘いメールが増える度、私は久々の恋愛の感覚に舞い上がっていた。 『今度飲もうよ。ミズキちゃん家に行きたいな』 『車で来るんでしょ? 帰れないんじゃない?』 『泊めてよ』  きた、と思った。  これだけいい雰囲気のメールを続けてきたのだ。そろそろ友達の域を超えてもいいと思っていた。  私は彼を家に招き、泊めることを了承した。  メールはフォルダが溢れる程やり取りしていたけれど、その日初めて二人きりで会った。お酒を飲みながら好きな音楽の話で盛り上がり、やっぱりヤマト君が好きだなって思った。  一つしかないベッド。お酒の力。好きな人の甘い言葉。 「一緒に寝よ?」  そんなの、頷いてしまうに決まっている。  だけど私は言えないでいることがあった。いや、別にあえて言う必要もないことだったけれど。 「服シワになるから脱いじゃってもいい?」 「あはは、いいよ」 「ミズキちゃんの前でパンツ一丁とか恥ずかしいな」 「そう?」 「うん、俺だけ脱ぐの恥ずかしいしミズキちゃんも脱ごうよ」 「えぇっ……わ、私はこのままでもいいよ」 「スカート、シワになっちゃうよ?」 「……じゃあ、スカートだけね」  巧いな、と思う。  いや、よく考えたらすごく強引な持っていきかただけれど、その時の私は何故かそんな言葉に乗せられて、スカートを脱いで布団に潜り込んだ。  下着とキャミソール姿で横になる。  隣には好きな人がパンツ一丁で寝そべっていて、狭いシングルベッドでは素肌同士が自然に触れ合う。熱を帯びていたのはアルコールのせいだけだろうか?  少しだけ会話をして、おやすみと電気を消した私達。  ドキドキして眠れない。ヤマト君はもう眠ってしまっただろうか?  沈黙を破ったのは彼だった。 「……キスしていい?」  答える前に彼は覆い被さってきた。  軽いキスを落とされる。 「恥ずかしい」 「……ずるい、可愛い」  もう一度、今度は深く口付ける。  缶酎ハイの甘い味と、彼の吸っていたタバコのニオイが広がる。  抱きしめられて、何度も何度もキスをする。  ……慣れてるんだな、って思った。  私は多分、ぎこちなかったと思う。  キス自体は初めてじゃない。だけど―――― 「ダメだ、我慢できねぇ」  私の胸に手を伸ばしてきた彼。  当然だ。  ここまでそういう雰囲気を作って、キスまでなんてありえない。  大人同士なんだから。 「待って」 「何?」 「……この先は、恋人としたいよ」 「……」  暗くて彼の表情はよく見えなかった。  私の顔も見えなければいい。きっとすごく変な顔してる。 「あの、私……ヤマト君も気付いてると思うけど……ヤマト君のこと好きだよ」 「…………うん」 「や、ヤマト君は、どう思ってるの、かな?」  この状況になってから言う台詞じゃないのはわかっていた。  だけどきちんと確認しておきたかった。  付き合おうって言って欲しかった。  だけど、彼の口からは予想外の言葉が出た。 「ミズキちゃんのことは好きだよ。可愛いし話してて楽しいし。だけど付き合えない」 「……なんで?」 「ヒロユキの元カノだから」  すごく後悔した。  たった一ヶ月だ。  その一ヶ月、すごく好きだというわけでもない男と付き合ったことを。  その友達を好きになったことを。 「――付き合えないなら、この先は出来ないよ……」 「キスしたのに?」 「それは……っ、ヤマト君が好きだから……」 「だったら――」 「でもこの先は無理なの。私……」  すごく言いにくかったけれど、躊躇いながらも続けた。 「初めてだから。初めては……せめて、きちんと付き合ってる相手がいいよ」  驚く彼。  こういうのに慣れている彼だったら当然かもしれない。  大人で、しかも恋人が居なかったわけでもない女に初めてだと言われるとは思っていなかっただろう。 「ヒロユキとも……?」 「うん、そういう関係になる前に別れちゃったし……今までの人も、みんな短かったし……」 「そっ……か」  彼は背中を向け、小さく「ごめんね」と呟いた。  フラれたんだなと寂しかったけれど、「おやすみ」と私も背中を向けた。 「……ミズキちゃん、起きてる?」 「……ん?」 「付き合えないけど、好きだよ。好きな女の子とは――したいよ」  好きなら付き合えるじゃない。  そう言おうと思ったけれど、気付いたらすごく好きになっていた相手に再びキスされて抱きしめられて、それ以上抵抗は出来なかった。  私のハジメテは、大好きな、だけど付き合ってない男に持っていかれてしまった。  そこから始まった秘密の関係。  彼からは周りの人間、特にヒロユキには絶対に知られたくないと言われた。  体の関係の有無どころか、二人で会っていること、連絡を取り合っていることすら秘密にしたいと。  好きな人の言葉。  それは私にとっては絶対で。  誰にも言えないまま、彼との逢瀬を重ねて。  私は報われない恋にハマってしまっていたのだった。
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