ひまわりのミサンガ

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 少年に呼ばれて、奥から出てきたのは見るからに優しそうなおばあちゃんだった。どうやらこの子のおばあちゃんのようだが、あまりにもふたりの印象が違いすぎてにわかに信じがたい。もっと山姥みたいなおっかない人が出てくるかと思ったので、柔らかな表情の彼女にほっと胸をなでおろす。  おばあちゃんは少年の横で、いまいち状況を理解できずに佇んでいる私に気が付くと、ちょんちょんと小動物のように駆け寄ってきた。 「あらあら、迷子かい?」 「えっと……」 「大変だったねえ、大丈夫、すぐに帰れるよ。それまではゆっくりしておいき。この家はね、昔からよく不思議なことが起こるんだ。なんにも心配しなくていいよ」  迷子? そういわれてみれば、ここがどこなのかも私がどこから来たのかもわからない。私はいつの間にか迷子になってしまっていたのか。よくわからないが、おばあちゃんの言うことには不思議な説得力があった。きっとそうなんだろう。私は迷子で、でもゆっくり過ごしていればすぐに帰れる。根拠もなく私はそう思って、うなずいた。おばあちゃんはとにかく優しい口調で、私を安心させるようにニコニコとしている。 「ええ、ばあちゃんこんな変な怪しいやつ泊めるのー?」 「ひまわりちゃんはいい子だよ、ねえ。それに、あおいもせっかくの夏休みに話し相手ができてちょうどよかったじゃないか」 「えっ、と。ひまわり……?」 「はあ? 俺やだよこいつのことひまわりなんて呼ぶの! 猫じゃらしとかでいいじゃん! だいたい、ひとりで過ごしたいからばあちゃんちにきたんじゃないか!」 「でもひまわり畑で見つけたんだろ。ならこの子はひまわりちゃんじゃ。それに困ってる人を放っておくわけにはいかんじゃろ。仲良くするんじゃよ」 「ええっと……」  ぽかんとしていると少年にぎろりと睨まれた。盛大な溜め息。 「はあ。わかったよ。おい、お前。この家ではお互いのこと花の名前で呼ぶんだ。なんか知らないけど訳アリの奴がよく来るからな。俺はあおいって呼ばれてる。ばあちゃんはさくら。で、不本意極まりないけど、おまえはひまわりな。ばあちゃんが決めたんだ。ありがたく思え」 「は、はあ」  舌打ち付きで非常に不機嫌ではあるが一応丁寧に説明してくれるところを見ると、反抗期なだけでいい子なのかもしれないと思えた。先生に似ているしできれば仲良くしたいものだが、睨みつけられて怖いのでふいっと目をそらした。  どうやら、ここでは私はひまわりと呼ばれるらしい。よくわからないルールだが、特に不都合もないので大人しく従うことにする。というか「猫じゃらし」って何なんだ。いくらなんでも適当すぎないかと、あおいと名乗る少年に今更少し腹が立つ。  そして私がまごついている間に、帰る目処が立つまではここに泊めてもらえることになったらしい。客室だという六畳の畳の間を自室として与えられ、夕飯をごちそうになり、お風呂をいただく。さくらおばあちゃんが、押し入れからお客様用のパジャマと部屋着まで数着渡してくれる。迷子? の見ず知らずの怪しい未成年にこんなに優しくしてくれるなんて、と少し涙ぐんだら、かさついた温かな手でそっと背中を撫でてくれた。 「いいんじゃよお、おばあちゃんはここに来てくれた人をもてなすのが楽しみなんだから。安心して、お休みな」 「はい、ありがとうございます。さくらおばあちゃん」  私が涙を拭って微笑むと、おばあちゃんも嬉しそうににかあと笑った。
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