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それからまた、しばらく沈黙が続いた。気まずいということはなく、むしろ先ほどの結婚発言に動揺していた心を落ち着かせることができてよかった。そして今度は、先生が口を開く番だった。
「あの日、君が走り去ったあと。ぼくは君を必死に探しました。でもどこにもいなくて、なんでか君の荷物も全部消えてて、どうしようって泣きそうになっていた時。さくらばあちゃんが聞かせてくれたことがあるんです」
「な、なんか心配をかけてしまってごめんなさい」
「いえ、それはたぶん、君が悪いわけではないので。それで、聞かせてくれたことですが、さくらばあちゃんの家のあるあの辺りには昔『時送りの村』と呼ばれる村があったそうです」
「時送り?」
「はい。ばあちゃんが言うには、時折、今ではない時間を生きる人が、迷い込んでくることがあるんだそうです。そういう人は何の前触れもなく突然やってきて、そうして同じように、突然いなくなってしまうのだと。ばあちゃんはそういう人が困らないように、安心できる場所を提供してあげるために、今もあの家に暮らしています。いつもろくな挨拶もできないままにいなくなってしまうから、今ここにいる相手と、今この瞬間を、悔いを残すことなく接したいと言っていました」
「さくらおばあちゃん……」
「ひまわりちゃんも、きっとどこか違う時間を生きている子だと思うよ。もしも縁があるなら、あおいの生きている間に会えるかもしれないね、って。そう言われました」
「そんな、ことが」
「この話、ぼく以外の親族は誰も信じないんです。でもぼくは、おばあちゃんの言葉は本当だって思いました。君はきっと、違う時間を生きているんだって。いつか会えると、信じていて、本当によかった」
「……実を言えばさっき、あおいって声をかけたとき、信じてくれないかもって思いもあったんです」
「まあ、普通は信じられませんよね」
「それに、あおいと先生ってあんまりにも印象違ってて。見た目はかなり面影残してますけど、しゃべり方とか全然違いますし」
「そりゃあ、10年も経てば口調くらい変わりますよ。ぼくは教師ですしね。それに、こうして敬語を使っていれば口の悪さや乱暴なしゃべり方もごまかせますし」
「あ、今のはかなりあおいっぽい発言ですね先生」
「どちらもぼくですからね」
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