トロピカルスタイル

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「――帰らないの?」  どれくらい駐車場にいただろう。私が泣いている間、ずっと礼司は運転席で黙っていた。 「青バラで飲む」 「……今日日曜だよ?」 「マスター、花火大会の日は店開けるって言ってたから」 「そっか……」  ケイちゃんの作ったあのカクテルが飲みたい。でも、あれを美味しく飲む資格は今の私にはないのかもしれない。 「なぁ、覚えてるか?」  礼司は静かに言った。 「学生の時、俺もお前もちょいちょい恋人作ってたじゃん?」 「うん」 「で、俺らってお互い恋人紹介するけど、紹介してちょっとしたら別れてんの」 「……うん」 「お前、そういう時“礼司との関係わかってくれなくてフラれた”って毎回言ってたじゃん」  そうだ。いつも私達は互いに恋人を紹介して、だけどその後恋人とは別れてきた。“あの男と仲が良過ぎる”って言われてきたんだ。礼司もカノジョが私にヤキモチやいて上手くいかなくなったって言ってた。確かに女の子なら特に、幼馴染でずっと一緒にいた他の女の存在は面白くないと思う。 「俺が別れてたのは違う理由だよ」  初耳だ。だっていつも“愛想尽かされた”みたいに言ってたし。 「お前にオトコ紹介されるたびに、俺より下のオトコだろって思ってきた。俺にオンナが出来るたびに、お前より下のオンナだなって思ってきた」 「……どういう」 「お前のことは俺が一番知ってるし、これからもそうなんだよ」  助手席側に身を乗り出してきた礼司に口を塞がれる。柔らかくて温かい感触。 「俺と結婚すればいいじゃん。雅みたいな女には俺くらいしかいないだろ?」  まだ鼻先が触れる距離のまま見つめられる。今までずっと隣にいたけれどこんなに近い距離は初めてだ。 「雅、応えろよ。ハイかイエス、どっちか聞いてやるから」  礼司の前髪が私の頬を撫でる。くすぐったい。 「……受け入れる選択肢しかないじゃん」 「当たり前だろ? 俺が雅を選んでやってるんだから」 「何それ?」  なんだか口元が緩むのを見られるのが恥ずかしくて、私は礼司の唇に噛み付いた。 「……あらあら♪」  青バラに顔を出すと、ケイちゃんが全てを悟ったような笑顔で迎え入れてくれた。頼む前に出されたのは、オレンジ色のあのカクテル。 「テキーラ・サンライズのカクテル言葉は“熱烈な恋”よ」 「熱烈――」  さっきの礼司のキスを思い出す。あれは反則だ。 「やだァ、みゃーちゃん顔赤いわよ? フフッ」 「ちょ、ケイちゃんの意地悪!」 「でもよかったわ。やっと気付いてくれたのね。熱烈な想いに」 「……ケイちゃん、知ってたの? 礼司の――」 「イヤねェ、ワタシを誰だと思ってるの? 特に二人はわかりやすいわよ」  礼司も同じものを出されて飲んでいる。 「前にみゃーちゃんが怒って帰っちゃったあと、礼司クンと心配してたのよ? 年下のカレ、わかりやすく怪しいのにみゃーちゃん見えてないんだもの」 「うぅ……」 「やっぱり礼司クンとみゃーちゃんじゃないと。素敵じゃない、幼馴染でっていうのも」 「あぁ、マスター、俺ら結婚することにしたから」 「結婚!?」  ケイちゃんが目を丸くしたけれど、確かに当然の反応。だって、今まで恋人として付き合ったことなかったし。 「つ、付き合い始めたじゃなくて……?」 「まぁ、正式に恋人だったことはないけど小さい頃からある意味ずっと付き合ってきたんだし」 「礼司クンって思ってたよりワイルドなのね」  礼司の発言に戸惑いつつも最終的には満面の笑みを見せてくれたケイちゃん。 「ま、ステキよね。みゃーちゃんの願い叶ったじゃない。特別な夏になりそうね」 「うん!」  ケイちゃんも入れて三人で改めて乾杯をする。  テキーラ・サンライズ――私にとって特別になったお酒。  その後の私の生活は少しだけバタバタしていた。  まず、ショーちゃんから電話がかかってきた。  年下の彼女に飽きて私と本格的に付き合いだそうと思っていたんだと言われたけれど、だったら付き合って最初の花火という大きなイベントをそっち優先するわけないじゃないと一蹴。それ以来ショーちゃんのオンナ関係はすっかり大人しくなった、とは後輩談。その年下彼女にもフラれたようだ。  そして両親への結婚の挨拶。  お互いの両親はこれまでも付き合いが多くて仲が良かったのもあり、驚くほどスムーズに済んだ。会社へも一応結婚の報告はしたものの、仕事を辞めるつもりはないからそっちはあまり変わらず。地元同士だから結婚式の準備も週末の休みだけで充分だったし。  そして。 「結婚おめでとう!」  私達は結婚式の二次会会場を青バラに決めた。  式が終わり青バラに移動すると、沢山の人が私達を祝福してくれた。招待した仲の良い友人は礼司と共通の人が多くて会場が寂しくなるかもと心配していたら、ケイちゃんの計らいで青バラの常連さんも都合がつく人は来てくれることになったのだ。 「交際期間ゼロでプロポーズってどんな感じだったんですか!?」 「綾乃、いきなり突っ込み過ぎ。聞いたら照れるクセに」 「だってー。気になるよね、凛ちゃん」 「はい! 是非聞かせて下さい!!」  彼女達は前に見かけた常連夫婦二組。聞けば彼女達もまた、ココできっかけを掴み結婚まで行き着いたカップルらしい。 「それで、マスター。礼司さん達へのペアものは?」 「もう、そんなに急かさないで頂戴、優吾クン」  奥から何やら箱を持って出てきたケイちゃんは、ニッコリと笑いそれを差し出した。 「ハイ、これはワタシからの結婚のお祝いよぉ♪」 「私達はね、マグ貰ったの」 「僕達はジョッキです!」  みんなに見守られながら包みを開けるのは緊張するから礼司にバトンタッチした。 「は? 何だよ……ったく」  出てきたのは少し大ぶりの足つきグラス。 「やっぱりみゃーちゃんの好きなテキーラ・サンライズに合ったモノかなって思って。ゴブレットよ」 「キレーイ……」  そのグラスの足元には、うっすらと私達の名前と結婚記念日、それからハイビスカスの絵が彫られていた。 「色付きのグラスもキレイで好きだけれど、折角のカクテルのカラーを楽しめたほうがいいかと思ったの。気に入ってくれた?」 「うん、勿論だよ! ね、礼司?」 「あぁ、ココに来たら次からコレ使おう」  同級生にからかわれて。お店の常連客やケイちゃんに祝福されて。隣には、どんな私も受け入れてくれる人がいて。 「幸せだなぁ」  私が呟くと礼司は微笑んで、しかしすぐに悪戯っぽい笑みに変わり私にキスをした。  会場が沸く。女性陣の歓声。  私の顔が熱くなる。 「奇遇だな。俺もだ」
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