リッキースタイル

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「ココでキスしてくれたらルイ13世入れてあげるー」  売り上げバトル。  ウチの店では数ヶ月に一度、あまり客の来ない時期を狙ってこのイベントをしている。  と言ってもこの店はノルマがキツイということもなく、単に客達が盛り上がりそうな楽しみとしてやっているだけだが、田舎のホストクラブにしては盛り上がりを見せていると思う。  ナンバー2の俺は呼べる限りの太客を呼び、得意のキャラで売り上げを伸ばす。 「あぁ? レイコがキスして欲しいんだろ? ……ルイ13世? 俺のキスが欲しいならリシャールだろ?」  “オレ様キャラ”というものを勧めてくれたのは死んだオーナー。  オラオラ営業とも呼ばれ好みが分かれるから新人には難しそうだけれど、どうやらこういう上から目線の勝手な男に夢中になる女も多いらしく、コイツらも“リッキー”のそういうキャラを求めて通っている。 「もう……っ。じゃ、リシャールお願い」  売り上げのためならキスの一つや二ついくらでもしてやる。  そしてオンナ達は高い酒を俺の安いキスのために頼むのだ。 「ルイとかリシャールとか、ブランデーがお好きなの? 私、ロマコン入れたかったんだけど」  クス、と鼻で笑う声。  振り向くと昨日会った――もう会いたくないと思ったオンナ、ユリがいた。 「あぁ、別にキスなんて要らないけど。じゃあ私、リッキー指名で」 「アメージングのリリィじゃん」 「ホンモノ超キレイ」  元々静かではない店内が余計にざわめく。  そんな視線を無視してユリは席に着いた。 「……ご指名ありがとうございます、リッキーです」 「あれ? オラ営じゃないの? 意外とマトモな挨拶」  あくまでも人を小馬鹿にしたような態度。 「……隣、座るよ」 「ドーゾ」  やりづらい。 「何しに来たの?」 「女の子がホストクラブに来るのに、ホストに話さないといけない理由なんて必要?」 「……必要ない、けど」  はぁー、と大袈裟に溜息を吐くユリ。 「……今日、暇つぶしになりそうなイベントがあるって小耳に挟んで」 「そう」 「ねぇ、早くお酒頂戴よ」 「ホントに?」 「うん、それからプラチナでシャンパンタワーしよ。先に言ってあるしもうすぐ出てくるかな? あんま好きじゃないんだけどイベントだし盛り上げたほうが面白いかなって」 「…………」  俺の太客を数人集めてやっとの一日の売り上げ。  それを一人で簡単に超えようとしている――いや、確実に超えている。 「ちょっと何か食べたくなっちゃったからフル盛り欲しいな」 「……あぁ」 「ねぇ、私がこんな調子で週一くらいで来たら、アンタのエースになれる?」 「そんなに来なくてもなれるっつーの」 「ふぅん。やっぱこのちっぽけな街じゃそんなモンなのかな?」  ユリは高い酒ばかり入れ、その度に盛り上がる店のテンションとは裏腹に退屈そうに飲んだ。俺には指一本触れようともしないし、媚びた視線も送ってこない。他のオンナからの指名が入れば早く行ってやれと言い、挙句、俺の客が少な過ぎると文句まで言い出した。 「あれ? こんなに良心的な値段なんだ?」  チェック時、ユリはそんなことを呟いた。鞄から出したのは帯封のついたままの札束がいくつか。 「こんなもんで済むならこんなに持ってこなくてよかったね。重たかったんだ」  驚いている俺らに、ユリは不思議そうな顔をして見せた。 「あれ? 現金じゃないほうが……?」 「いや、現金が嬉しいけど」 「あは、何ソレ?」  送り指名までされて一緒にエレベーターに乗ったがキスを求めてくるわけでもない、プライベートどころか店用の携帯番号すら欲しがらない。 「……これ、俺の番号」 「別に“リッキー”の番号なんて必要ないよ。店に来れば会えるんだし」 「じゃあ龍の――」 「要らないよ? 私のも教える気ないし」 「……何がしたいんだよ?」  ウチの店のレベルだったら、今日一日の売り上げはかなり大きい。俺は確実にナンバー1になると思う。 「暇つぶし」 「もう来るな」 「……ヒドイこと言うんだね、こんなオイシイ客に向かって」  目的がわからない。  俺に興味がなさそうで、オトコに困っているわけでもなさそうで。 「あ、それとも私と寝たかった? 色マク好きそうだもんね」 「……お前!」  確かに色恋はする。ホストは恋愛を金で売り買いするもんだ――と、俺は思っているから。  だけど。 「枕する程困ってねぇよ」 「ふーん?」 「お前の意図がわからないから怖ェんだよ……それが本音だ」  俺の言葉に、ユリはやっと笑顔を見せた。 「そう……」  満足気に呟くと、タクシーを待たせたまま立ち止まった。 「私、やっぱりこれからもたまに来るわ」 「聞けよ、人の話」 「怖いんでしょ? 何も求めてこないオンナが」 「……そうだよ。だからもう来なくていい。俺なんかに金使うな。キャバやってるくらいなんだからなんか目標とかあんだろ?」  ホストもキャバ嬢も始めるきっかけなんて金だろう。こいつはトップに上り詰めてからもずっと続けているのだ。店を持ちたいだとかそういうでっかい目標があるんじゃないかと思う。俺には無いけれど。 「別に無いよ、目標なんて大層なもの」  ふわりと風が吹いた。  ユリの長いストレートヘアがカーテンのように揺れる。 「別に借金もないし、やりたいことも無い。何も無いからキャバ始めて、何も無いから続けてる」 「……」 「“何か”見つかったらやめるよ。仕事も、ホスト通いも」  鞄に手を入れ何やらゴソゴソとしたユリは、ペンを取り出して俺の手を掴んだ。そのペン先を俺の手のひらに滑らせる。 「私の番号、やっぱり教えてあげる。勿論コレは“ユリ”のよ? ……運転手さん、ごめんなさいね。待たせちゃった」  タクシーに乗り込んだユリは、楽しそうに手を振って帰って行った。 「なんなんだよ一体」  店内で待つ俺の客の元に戻る前に、俺は自分のプライベート用携帯に彼女の番号を登録し、その字が消えるまでトイレで手を洗った。
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