リッキースタイル

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 先月も、今月も、俺がナンバー1として店は回っている。  “あのリリィの指名ホスト”と一部では噂になり新規の客も増えた。 「ね、マスター。この店なんかロマンティックな噂あるね」  その“リリィ”――今は“ユリ”の時間か。  ユリが俺の隣でウォッカリッキーを飲みながら楽しそうに笑っている。 「噂? 何かしら?」 「この店のマスターは恋を生む魔法が使える」 「アラ♪」  まんざらでもない様子のマスター。頬に手を添えてニコニコしている。 「私にも魔法使って欲しいな」 「ユリちゃんに?」 「うん。何か起きないかな」 「……龍クンにべったりなのはそういうコト?」  マスターがからかうと、ユリは珍しく動揺した。 「ばっ! ……ち、違う違う! べったりじゃないし! 暇つぶしで……っ」 「ハイハイ♪」  確かにべったりではない。  月中と月末にひょっこり店に顔を出し高い酒を入れまくり、他の女に見せ付けるようにアフターに誘ってくる。だからと言って腕も組まない距離感。 「ホントに何なんだよ……」  俺からはユリに一度も連絡を入れたことが無い。教えられた携帯番号は結局登録しただけだ。 「だから、暇つぶし。それとも私を使いたくなった?」 「……使う?」 「一人暮らし・イイオンナ・お金持ち……どうにでも使えるじゃない」  ホストには色々なヤツがいる。  色恋営業の延長で宿代わりに一人暮らしのオンナを掴まえて同棲ゴッコをする男。  付き合う気はないけれど寝たい女を言いくるめて関係を続ける男。  金を持っているオンナをただの財布として見ている男。  多分、ユリはそれらを言っているんだと思う。 「使われたいの?」 「……まさか。そういう素振りを見せたらアンタの前から消えてるよ」 「――じゃあ」 「だから、何も無いから通ってるの。何か起こしてよ」 「無茶言うな」  ユリが何をしたいのか未だにわからない。 「私が知らないことを聞きたいの」 「は?」 「アンタなら、教えてくれるかもしれないって思ったから。なんか他のオトコと違うし」 「何言って……」 「私が言われたこと無いようなこと言ってよ。それで私を動かせたらもうからかわないよ」  あぁ、やっぱりからかってるという自覚はあったのか。  だけど言われたことの無いようなこと?  褒め言葉も甘い言葉も言われ慣れてそうだし、オンナからは汚い言葉も言われてそうだし―― 「今日はもう帰る。またその内行くよ」 「……送る?」 「いらない」  二人分の飲み代と俺のタクシー代、それに少し上乗せされた金額をテーブルに残し、ユリはレトロな音の鳴るドアを開けた。昔ながらのベルがぶら下がっているドア。 「そういえば、いつになったら電話くれるの?」  こちらも向かずにそう言うと、俺の答えも聞かない内にドアは閉められた。 「あんなに楽しそうなユリちゃん、初めて見るわ」  マスターの言葉に俺は眉根を寄せた。 「あれが?」 「えぇ、すっごく楽しそう。いつの間に二人仲良しさんになってたのォ?」 「……別に仲良くなんか……」 「龍クンも楽しそうだしネ」 「俺が!? ……何処が?」 「いつもと違って思い通りに動かない女の子、退屈しないでしょ?」 「いや、面白くないぞ?」 「誰かに感情を動かされるのが人生の楽しみなのよ?」  なんだか難しいことを言われた気がした。マスターはたまにテツガクする。学の無い俺にはイマイチ理解できないけれど、いつも何かが引っ掛かる。 「恋人とか結婚とか、考えてもいい年齢なんじゃないの?」 「誰が?」 「龍クンも……ユリちゃんも。ねぇ、龍クンは恋愛はしないの?」  恋愛なんてしている余裕は無かった。  客に本気になったら稼げないと、死んだオーナーはよく言っていた。  だけど…… 「誰かを本気で愛せないオトコは稼げない」  マスターに言われ、ドキリとした。  それもオーナーがよく言っていたからだ。  “リッキー”は本気になるな。“龍”は本気になれ。  本気になったオンナを紹介してもらう日が楽しみだ、と笑っていたオーナーは、もういない。 「そーだな……」  グラスを空けた俺は、これ以上飲む気も起きず帰路についた。  ベッドに身を投げ出す。  スプリングの駄目になったこのベッドは硬いのに変にふわふわする。寝心地の悪さを感じながらも、アルコールと仕事の疲れからくる睡魔に身を任せた。  仲の悪かった両親。  酒・タバコ・ギャンブル・オンナ。  ダメなオトコの基本は全て抑えてある、そんな親父だった。  心が強くなかった母親が俺を置いて消えるまで何年もかからなかったが、幼かった俺はただ、どうして俺だけこの環境に残されないといけないのかとそればかりを思っていた。  親父が仕事もろくにせず水商売のオンナの家に入り浸るようになった頃には俺も中学生になっていた。  高校に進学する金は無い。奨学金を受けられる頭も無い。  どうせ進学も出来ないなら勉強も必要無いだろうとガッコウに行かなくなって日々ダラダラ過ごしていた。  同じように素行の悪い連中とつるんで、夜遊びして。  テキトーに過ごした中学校生活も終わりという頃、親父は死んだ。肺ガンだったらしい。  遺されたのは借金だけ。  住む家もなくなり、マトモな就職口も見つからなかった俺は家とメシを用意してくれるというオトコに連れられ、そしてこの世界に入った。  だからだろう。  こんな俺を少しでもマシにしてくれようと何かと気に掛けてくれたオーナーを思い描いていた理想の親父に重ねていた。  オーナーが喜ぶ顔が見たくてずっと働いてきたし、いつかオーナーの言う特別なオンナが出来たら一番に紹介してやりたいと思っていた。  ……なんで死んじまったんだよ……クソ。  目が覚めた俺は何故かびっしょり汗をかいていた。  シャワーを浴びようと浴室に向かう途中、鏡に映った俺の顔には涙の跡があった。  空はまだ闇が支配している時間。  こんな時間にすがれる“誰か”なんていない。  携帯電話を片手に息を吐いた。酒臭くて重たい息。  躊躇いがちに押した発信ボタン。  呼び出し音は、俺の理由も見つからない不安な気持ちが大きくなる前に、最近よく聞くオンナの声に変わった。
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