リッキースタイル

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 俺が通っていた中学校の校門前。  そこで俺達は落ち合った。  相変わらずユリの長い髪はサラサラと風に揺れている。 「なんでいつも髪巻いてないの?」 「……こんな夜更けに呼び出しておいてそれ? 迷惑なオトコね」  そう言うユリは何故か笑っていた。 「あ、いや、違うけど……なんか珍しいなって、そういう髪型の――」 「キャバ嬢っていったら気合入れて巻いてるコ多いもんね」 「まぁ、ユリにはストレートが良いと思う」 「……なんで?」 「……お前、真っ直ぐだから。それに俺はストレートが好きだ」  言って恥ずかしくなった俺はしゃがみこんで頭をかいた。チラリとユリのほうを見ると、立っていた場所に彼女はいなかった。 「……?」 「わっ!」 「うわぁっ!?」  しゃがんでいた俺に覆い被さるように抱きついてきたユリに驚く。首に回された細い腕に少しだけ力がこもる。 「おんぶ」 「はぁ!? 重いんだよ」 「重たくない」 「……子どもかっ」  仕方なく彼女をおぶったまま立ち上がり、校門の前から歩いた。 「ここさ、俺が通ってた中学なんだよね。まぁ半分くらい行ってなかったんだけど」 「……うん」 「ユリはどんな中学生だった?」 「……つまらない中学生だったと思う」 「……じゃあ俺と一緒だな」 「一緒にしないで」  そうだよな。  落ちぶれてテキトーな毎日を送っていた俺とは一緒にされたくないよな。 「悪ィ」 「……そうじゃない。アンタが私なんかと一緒なんて、そんなこと、ないんだから……」  当時は大きな建物だと思っていた校舎も、今見ると何てことないただの施設。なんだか狭くなったように感じるグラウンドを見ながら歩く。 「電話、初めてくれたね」 「あぁ」 「しかもこんな時間に」 「……悪かったな」 「……嬉しい」  トン、と俺の背中から降りた彼女は、そのまま後ろから抱きついてきた。さっきより強く回される腕。 「綾小路龍といえば、私の一コ上の代ではかなり有名だった」  抱きついたまま話し出すユリ。 「ケンカは強いけれど、無駄な争いはしない。顔はカッコイイ。うちらの代でもかなり人気のある先輩だったんだ」 「……お前もココの?」 「私はいじめられっこで、いつも一人でいた。休み時間も授業中もよく教室から逃げて――そこの、イチョウの木。その下で本を読んでるような地味なコだった」 「……」 「ある時、木の上から男の子が落ちてきた。噂の綾小路先輩だった。だけど私はブスでダサいメガネでおさげで……恥ずかしかった。先輩と一緒に落ちてきた葉っぱまみれになって、髪をほどいて慌てて直したんだ」  そんなこともあった。珍しくガッコウに行った日は、その木に登ってサボることが多かったが一度だけ落ちたことがある。 「そしたらね、あんな地味だった私の髪をね、先輩が触ったの。『折角真っ直ぐでキレイなのに勿体無い、おろしてるほうが可愛いね』って言ったんだ」  ユリの細腕からは想像出来ないような強い力で塀に押し付けられる。目の前でユリは大きな瞳をこちらに真っ直ぐ向けてきた。 「だから巻いてない。これがストレートの理由」  唇を寄せてくる彼女。鼻先が触れる程の距離で躊躇う。 「……追いかけてきた、ずっと。キレイになって、先輩と同じ世界に入って……ナンバー1になれば見つけてくれるかもって期待してた……まぁ、気付いてもらえなかったけれど。先輩のエースになれば振り向いてもらえるかもって思った。色々考えて、他のオンナと違うことして気を惹きたかった」  風が吹く。木々がざわめく。髪が揺れる。 「……先輩、私、可愛い?」  答えるより早く、彼女を抱き寄せて口づけていた。  ――誰かに感情を動かされること。  それは確かに楽しいかもしれない。 「お前、他のオトコにキレイとかカワイイとか言われてきたと思うけれど、それはただの口説き文句だ。勘違いすんなよ?」 「あ……う、うん……ごめっ、そうだよね……」 「だから、そうやって勘違いばっかしてんな。何泣こうとしてんだよ?」 「……えぇ?」 「お前がカワイイのは俺といる時だけだ」  もう一度キスをする。  身を強張らせていた彼女も、やっと力を抜いた。 「~~~~はっ、初めてチューした……」 「……はぁ!?」 「だ、だって……中学校の時からずっと先輩に片想いしてたから……っ」  両手で顔を隠しジタバタする彼女。 「じゃあ、客に触れさせなかったり店で俺に触ってこなかったのは――」 「付き合ってる人じゃないとダメだよ、そういうの……っ」 「よくそんなんでキャバ嬢やってたな……」 「うん……なんか触れさせないのがカッコイイ、みたいにクールなオンナだと勝手に勘違いされて」  目の前でこんなに赤面しているのがあのナンバー1キャバ嬢だなんて。  他の男は知らない姿。 「……なぁ、今からちょっと行きたい所あるんだけど」  タクシーで向かったのは、死んだオーナーの眠る墓。  着いた頃には既に空は明るくなりかけていた。 「俺の親父代わりの人。ずっとお世話になってたオーナーの墓だよ」  ユリにそう紹介すると、彼女は墓に向かってぺこりと頭を下げた。 「オーナー……こいつが俺の決めた人です」 「?」 「俺の一生をかけて……大切にしたいと思ってます」 「……っ」 「――いいだろ?」  彼女のほうを向いてそう訊ねると、涙をためて力強く頷いてくれた。 「ねぇ、マスター。マスターってやっぱり魔法使えるの?」 「なぁに~? 突然」  青バラでいつものように飲む俺達。だけどその距離感はぐっと縮まっていた。 「龍と付き合うことになったんだ」 「まぁ! おめでとう!」 「ありがとー」  ウォッカリッキーを二つ出される。俺と彼女の分。 「今月でお店も辞めるの」 「そうなの? ……お疲れ様」 「うん、これからはあんまりココに来れなくなると思う」 「あら……それは寂しくなるわねぇ」 「ごめんね、マスター。私達ね、九州に引っ越すことになったんだ」 「それはまた遠いわね」  ユリも俺も今の店は今月いっぱいで辞めることになった。店側は引き留めてきたが、俺達は新しい土地で新しい生活を始める。 「九州にオーナーが仲良かった人でバーテンダーやってる人がいて……しばらくはそこで修行させてもらって、その内店持てたらって思ってるんだ」 「龍クンならウチで働いてもいいのに」 「マスターの技は憧れるけれど……この街にいたらマスターがいる限りナンバー1になれないし」  俺が笑うと、マスターも照れくさそうに笑った。 「いやねぇ、買いかぶり過ぎよ……でも、頑張って。お店出したら一番に飲みに行くわ♪」 「ん、待っててよ」 「龍クンもユリちゃんも……すごく幸せそう」  当然でしょ、という顔でユリは答えた。 「見つけたからね」
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