ロックスタイル

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「何、アンタ童貞だったの?」  店に入ってきて早々そんな下世話なことを言ってきた女性は、ワタシの目の前の席に座って笑った。 「……ハルカちゃん?」 「なぁに~? 私が飲みに来たらダメなの?」 「い、いえ……びっくりしちゃって」  ハルカちゃん――梶悠(かじはるか)は高校時代の同級生。  サバサバして男みたいだと言われる程さっぱりした性格が清々しい女性。  そして。 「……違うわよ。ハルカちゃんが一番知ってるでしょ?」 「あはは、まぁね~」  昔付き合っていた女性。 「なんか最近会社のコがね、ココの噂よくしてるの耳にしたから」 「噂? ……あぁ、もしかして恋の?」 「そ。この店で愛を育んだカップルは結婚して幸せになれるってね」 「まぁ、確かに最近ウチでカップル生まれること多かったけれど」  そこでマスターであるワタシが魔法を使って恋を叶えてくれるんじゃないか。  そんなロマンティックな噂が広まっているようだ。 「ハルカちゃんは夢がないわねぇ~」 「いいトシこいておとぎの世界に生きていられる程乙女じゃないわ」 「折角女の子なのに……勿体無い」 「やめてよ、気持ち悪い」  彼女と別れたのはケンカをしたわけでも他にイイヒトが出来たわけでもない。  お互いに夢を持っていたからだ。  恋愛と夢を追いかけることを両立させられるほど器用じゃなかったワタシ達はどちらからともなく別れる道を選んでいた。  だから特に連絡が途絶えることもなかったし、こうしてひょっこり現れてはとりとめの無い話で笑い合ったり。 「だけどどうしたの? 暫く顔見せないと思ったら随分雰囲気変わっちゃって」  髪の毛が長いほうが女の子らしくて可愛いと言うワタシに対して彼女はいつも「邪魔くさいから」と肩より下に伸ばすことは無かった。  その彼女の髪の毛は今、背中の中ほどまであるだろうか。とても長くなっていた。 「やっぱり長いほうが女の子らしいわね」 「どういう意味よそれ?」 「やだわ、言葉の通りよ~?」 「……」  何かを言おうとした彼女は、だけどおそらくその言葉を飲み込んで言った。 「……サムライロック」 「了解」  日本酒が好きな彼女はよくこれを飲む。  グラスの縁にライムを飾り彼女の前に出すと、ぷっと吹き出した。 「何よコレ!? なんでライムうさぎにしてんの!?」 「いいじゃない! 可愛いもの」 「アンタ、ホント相変わらずねー。そんなんじゃ彼女出来ないわよ?」 「いいのよ、好きなものは好き。それを分かってくれる人じゃないなら要らないわ」 「――そうよね」 「……ホントにどうしたの? いつものハルカちゃんじゃないわよ?」 「んー……あー、そう、かも。あのね……」  躊躇いがちに彼女は話し出した。 「前にさ、取引先の人に言い寄られてるって話、したじゃん?」 「えぇ、あのイケメンの優良物件でしょ?」 「そ。ケイが付き合ってみたらっていうから試しに付き合ってみたの」 「まぁ! だから女の子女の子してたのね?」 「んー……」  どうにも歯切れが悪い。  いつもの彼女からは考えられない。 「結婚、しようって言われたの」  いつかはこういう日が来るとは思っていた。  付き合っていた彼女。友人として良好な関係を続けてきた彼女。  もうお互い、いい大人だ。  こんな話があってもおかしくない。むしろ今まで無かったことのほうが不思議なくらいだ。 「おめでとう」  彼女の幸せは手放しで喜べるものだと思っていたが、出てきた言葉はとてもシンプルで素っ気ないものになってしまっていた。 「ありがと……」 「なんでそんな暗い顔してるの? マリッジブルーってやつ?」 「……ねぇ、ケイ」 「なぁに?」 「私がお嫁に行くの、どう思う?」  その言葉をどう捉えればいいのか。  彼女はどんな答えを待っているのか。  様々な可能性を頭の中で広げてみたけれど、どれが正解かわからない。  それなりに生きてきたのだ。  簡単に「いいね」で済ませてはいけないことくらいはわかるんだけれど。  考えた末、最もズルイ言葉を返した。 「――ハルカちゃんはどういう気持ちなの?」 「……ケイの言葉次第かな」  グラスを揺らして氷を融かしながら、彼女もやはり曖昧に答えた。
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