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「新井君は女の子が好き? 男の子が好き?」
二人の姉と一人の妹がいるワタシは、幼い頃から女の子の遊びばかりしてきた。言葉遣いも柔らかく、滅多に怒りや悲しみのような感情は表に出さずにいつもニコニコと――いや、ヘラヘラしているように周りには映っていたかもしれない。
その頃一人称は「オレ」だったけれど、それでも女っぽさは抜け切らずいつもクラスメイトにからかわれていた。
そんな中で、彼女――ハルカちゃんはサラリとそんな質問をぶつけてきた。
「……どういう意味で?」
「恋愛対象になる性別はどっち? って意味」
ストレートな彼女の言葉。
屋上で一人でお弁当を食べていたワタシに近付いてきた彼女は、他のクラスメイトのような変なものを見る目じゃなく、だけど好奇心に満ちた目だった。
しかしそれは悪意のあるものではなく単純に疑問を抱いているだけだと知り、ワタシは素直に答えた。
「こういう性格とかは……姉さんとか妹がいるからで……オレ、普通に男だよ」
「そっか」
彼女はワタシの答えに満足気に笑みを浮かべ、隣に腰を下ろした。
「くやしくないの? いつもからかわれて」
「別に、もう慣れたし。大人になればもっとラクになれると思うし……」
「このままで会社勤めとかしたら今と変わらないんじゃない?」
「夜の仕事とか、しようと思ってるから」
当時、既にワタシはバーテンダーになるのが夢だった。
お酒が好きなワタシの家族がいつも楽しそうに飲んでいるのを見ていて、自分もこうやって誰かを笑顔に出来るかもしれないと思ったのがきっかけだった。
「……ホストとか!? ――げ、ゲイバー……とか……?」
「だから、普通に女の子が好きだってば。そうじゃなくて――バーをやりたいんだ」
「へぇ!」
何を夢見ているんだと笑われると思っていたから、彼女が目を輝かせて食い付いてきた時は驚いた。そして彼女もまた、服飾デザイナーになりたい夢があると語ってくれた。
「私はこんな性格だけど、可愛らしいフリルとかリボンがついた服を考えるのが好きなんだ。でも、柄じゃないって笑われそうで、恥ずかしくて誰にも言ってなかったの」
「じゃあ、何でオレに……?」
「新井君も夢、教えてくれたから」
それ以来、昼休みや放課後に彼女はワタシの元に来ては将来の話をして盛り上がった。まるで小学生が夢を語るように無邪気に。
暫くそんな日々が続いた頃、ワタシ達が付き合っているんじゃないかという噂が流れた。高校生だ、当然の流れだろう。
その性格から男女問わず人気の高かった彼女。こんな男と噂されるのは迷惑だろう、そう思ったワタシはある時彼女に言った。
「もうこうやって会うのやめない……?」
勿論本音では離れたくなかった。
今までこんなに一緒にいて楽しいと思えた相手は家族以外に出来たことがなかったから。しかしワタシの言葉に彼女は怒った。
「それって噂のこと? 私は気にしてないのに……新井君は迷惑だった?」
「お、オレは……梶さんが、迷惑だと思ったから……オレなんかと……その、恋人って」
「迷惑じゃないよ! ……噂じゃなく、ホントだったらいいのに、って……思ってる」
「え……?」
「だからー……私は新井君のこと好きなんだけど! 勿論、異性として」
そしてその噂は本物になった。
ワタシ達は付き合いだし、卒業と同時にその繋いだ手を離した。
それでもお互いに夢の実現へと一歩ずつ近付くのを一番近くで応援し合い励まし合いながらここまできたし、それぞれ夢を掴んだ後もきっと伸ばせばすぐ届く場所にその手はあった。
だけどそれをしなかったのは、恋愛感情が残っているのが自分だけなのではないかという不安が大きかったから。
今までいい関係でいられたのが、自分の勘違いで壊れてしまうのが怖かった。
だから時には他の人と付き合うことを勧めてみたり、また、自分も女性を紹介されることもあった。
何が恋が叶う店だ。
何が魔法使いだ。
結局自分が本当に叶えたい恋には手を出せずにいて、挙句、誰か違う人に持っていかれるのだ。ずっと近くで見てきたのはワタシなのに……
彼女からプロポーズされた話を聞かされて以来、ワタシは様子がおかしいらしく常連さん達にも心配される始末だ。こんなになるまでどうして気付かなかったのだろう?
後悔。後悔。後悔。
今まで、お客さんに恋愛相談されるたびに偉そうなことを言ってきて、うまいことみんな幸せを掴んでくれたのに。どうして自分のことはこんなにダメなんだろう?
――――どうして彼女はワタシにあんな表情を見せたのだろう?
期待していいのか。
自惚れなのか。
彼女の気持ちが知りたくて、お店を閉めた後一人でサムライロックを飲んでみた。
オールドファッションドグラスに氷を一つ。そこに日本酒とライムジュースを入れ、ステアしながら彼女のことを考える。
じんわりと小さくなっていく氷は、ゆっくりと広がり、融け合っていく。
ゆっくり。じっくり。
ワタシ達の関係はこんな感じだったのかな、と思う。
だけどもう氷が融けるのを見ているだけじゃダメなんだ。
グラスを空けて、携帯電話を取り出した。
彼女にメールを打つのは久し振り。
送信ボタンを押した時、氷がカランと音を立てた。
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