ロックスタイル

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 ワタシが今の話し方をするようになったのは、この店を持つ前の見習い時代。  初めてこの言葉遣いで彼女に会った時の反応は面白かった。 「ぎゃーーーー!! つ、ついにそっちの道へ~~~~!?」 「何よ、そっちの道って」 「私と別れてから……男やめたの……!?」  その頃ワタシの髪の毛は既に彼女より長くなっていた。一つに束ねてはいたものの、言葉遣いとセットでの衝撃は大きかったようだ。 「と……取ったの……?」 「いやね、ハルカちゃんはいつも露骨な……取るも何も、男やめてないわよ」 「だって、じゃあなんで……っ!?」  混乱する彼女を落ち着かせるようにお酒を出して、ワタシは説明した。  学生の頃同様の話し方で接客をしていたら「そんな自信なさ気に言われたらお客さんは不安になる」と先輩に言われたことをきっかけに接客方法を見直していた時、ワタシに愚痴をこぼしたり相談をしてくれるお客さんは女性が多いと気付いた。柔らかく「はい、はい」と聞いてあげると満足してくれる人が多く、お客さんの「ケイちゃんが女の子だったらよかったのになぁ」という一言が決め手になった。異性の意見が欲しい一方で、やはり同性ならではの共感も得たいという。  そしてワタシは悩んだ末、“オネエキャラ”と呼ばれる今のスタイルに転身した。 「そしたらね、前より接客がスムーズになったのよ」  彼女は初めこそ戸惑っていたものの気が付いたら受け入れてくれていた。近しい人間が受け入れてくれたことにより、このキャラも自然に成長していき、そして今の自分がある。仕事もすごく楽しいし、お客さんにも恵まれて毎日幸せだ。  だけど足りないものに気づいてしまった。  ワタシには彼女が必要なんだ。 「メールくれるなんて珍しいね。どうしたの?」  店に来てくれた彼女は普段通り。  この前見せた複雑そうな表情は見えなかった。 「結婚、いつするの?」 「……ど、どうしたの? 突然……」 「もう式場は予約したの? 入籍日は決めちゃった?」 「ま、待った! ケイ、どうしたのよホント」  ワタシのほうが長かった髪の毛も今は彼女のほうが長い。結婚式のためだろうか?  仕事する時に邪魔だから伸ばすのは苦手と言っていたハズの爪もキレイに伸ばされて手入れされている。彼のためだろうか? 「ワタシは反対よ。結婚なんてやめよう?」  ワタシの言葉に彼女は動きを止めた。  笑顔が真顔に変わる。 「……どうして?」 「ハルカちゃんの隣にはワタシがいたいから。ハルカちゃんのことが好きだから」  真っ直ぐに見つめると彼女の目から涙がこぼれた。 「え……!? え!? ご、ごめん……っ」 「……初めて好きってちゃんと言ってくれた……」  彼女は泣きながら笑った。 「そ、そうだった……?」 「うん。付き合うときも、付き合ってからも、ハッキリ言葉にしてくれたことなかったよ」 「そっか……ごめんね」 「……聞けたから許す」 「ワタシ、わかってなかったわ。ハルカちゃんのこと、ずっと好きだったのに――誰かのものになっちゃうまで気付かなかった」 「うん……」 「結婚なんてしないで、ワタシと幸せになって?」  彼女を抱きしめる。  ヒールを履いた彼女は付き合っていた頃よりも顔が近くて、だけどその体はすごく華奢で小さかった。 「遅いよ。待ってたのに」  ギュ、とワタシの背中に腕を回し力を込めた彼女。ずっと抱きしめていたい。もう絶対に離したくない。  そう思って彼女の温もりを確かめていると、不意にドアのベルが鳴った。  空気が変わる気配とほぼ同時にその怒声が店内に響く。 「何やってるんだよ!!」  入ってきた男はものすごい剣幕でこちらに駆け寄ってきて、ワタシ達を引き離した。 「ま、誠……っ、どうして」 「こんな時間に出掛けるというから気になって来てみたら――」  彼はワタシを睨みつけたと思うと、殴りかかってきた。 「お前がぁぁ!!」 「やめて!!」  そして、衝撃。  鉄の味がして殴られて口の中が切れたのだとわかった。 「悠が結婚を渋っていたのはこういうことだったのか! お前がたぶらかしたんだな!?」  結婚を渋っていた? てっきり結婚は決まってしまったことだと思っていたけれど、確かに彼女はプロポーズされたとしか言っていなかったかもしれない。 「お前も……こんな女みたいな男がいいのか!? 恥ずかしくないのかよ!?」 「なっ……!!」 「さっさと帰るぞ!」 「や、やだ!!」 「なんだよこの……っ」  怒りで冷静さを失った彼は彼女に平手打ちをした。 「何してんだよ!?」  ――――久し振りに出た“オトコ”の自分は、自分で思っていたよりも感情的に彼にぶつかっていった。
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