ロングスタイル

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 この街に越してきて何度目かの週末。基本的にカレンダー通り休みを貰える今の職場はとても気に入っている。  土曜日の朝。  朝刊を読みながら濃いめのブラックコーヒーを飲み、一息ついたら街を散策する。新しく見つけた店で昼食を摂り、特に目的もなくブラブラと夕方まで歩く。強いて言えばこの街に早く馴染むことが目的。  そんな土曜日を過ごすはずだった俺は、何故か今俺のベッドで死んだように眠るよく知らない女性のために朝食を用意していた。  料理はあまり得意じゃないから、朝食の用意といってもトーストと目玉焼きくらいしかないが。 「起きろ、朝メシだ」  軽く肩を揺すると彼女は眉間にシワを寄せて唸った。少しの間の後ゆっくりと目を開く。 「んぅ…………ん?」  パチパチと多めに瞬きをして部屋を見回す。俺の顔を凝視する。青ざめる。  うん、予想通りの反応。 「わ、私……あー……えっと、聡一、だよね? 名前」 「そ。よく覚えてたな、あんなに酔っ払ってたのに」 「……ごめん、結構曖昧。出来れば昨日のこと聞かせて欲しいかなぁ」 「あぁ、昨日の晩は……」  そう。  あの後二時間くらいバーでマスターと彼女と三人で話し(話したといっても半分以上が彼女の愚痴のリピートだったが)、帰りに店を出る時はしっかり……とは言えないが自分の足で歩いていた彼女だがタクシーを拾う前に道端でうずくまりマーライオンと化した。  同じ方向だと聞いていたのでタクシーも途中まで一緒に乗ることになっていた俺は介抱して車に乗せたはいいが、ダウンしてしまった彼女の家がわからない。仕方なく俺の家に連れ帰るはめになったわけだ。 「あぁぁー……それは申し訳ない、本当に申し訳ないデス……」 「はは……いいって」  ひたすら謝り、食卓に目をやった彼女は笑顔を見せた。 「朝食までありがとう。聡一優しいね。一緒に食べよ」  そう言うとのろのろとベッドから抜け出し、ボサボサの頭を押さえながら歩く彼女。小さく「頭痛い……」と呟いたのが聞こえた。 「……それだけ?」 「え? それだけ、って? ……あ、謝罪が足りなかった……ッ!?」 「あー、いやいや、そうじゃなくて。普通もっと俺を疑うんじゃないかと思って」  ドラマや漫画でたまに見る“一夜限りの”云々を疑われたり責められたりすると予想していただけに、やけにあっさりした彼女の反応に拍子抜けしてしまった。 「あー」  俺が言わんとしていることがわかったのだろう、彼女は少しだけ斜め上に視線を向けた。そして正面、俺の顔を見て笑った。 「だって何もなかったでしょう?」 「まぁ、ビックリするくらい何もなかった」 「あはは、やっぱり。だってもし私と何かあったら、聡一これから青バラ行きにくくなるでしょ?」  “青バラ”とはおそらく昨日会ったバー“Blue rose”のことだろう。  常連はそう呼ぶのか。 「……それに、聡一はそんな軽い男じゃないと思うし」 「いつもろくでもない男に泣かされておいてよく言うよ」  冗談っぽく言うと、彼女は頬を染めた。 「やっぱり私色々喋ったんだ……あーもう」 「それはもう、一から十まで話してくれたよ」 「……ご、ご飯、早く食べよ! あ、私もコーヒー貰っていい?」 「砂糖とミルクは?」 「ん、要らない」  パンをほおばり、目玉焼きを美味しいと言ってくれる彼女はとても無邪気で、キレイめの顔立ちからはイマイチ結びつかないコロコロと表情の変わる可愛らしい女性だった。 「聡一は今日は仕事休みなの?」 「あぁ。お前こそ大丈夫なのか?確か仕事って……忙しいんじゃない?」 「私も休み。私ね、こう見えてすごい優秀なんだ。土日祝日きっちり休んでも成績いいのデス」 「それはそれは」  彼女が外資系コンサル会社に勤めているというのは昨夜の会話の中で聞いていた。バーではあんなにグダグダだった彼女だが、実はすごくデキる人物なのかもしれない。 「……っ」  ふと見ると、彼女はパンをかじったまま泣いていた。俺の視線に気付いて慌てて涙を拭う。 「ついでだし。聞くよ、思ってること」  俺の言葉に、彼女は肩を震わせながら口を開いた。 「仕事出来ても……うまく恋愛できないよ。私、いっぱい頑張ってるのに……いつもね、恋人に合わせてるし、我儘とか、言ったこともないんだよ…? なのに、なんでかいつも……突然連絡途絶えちゃったり……いきなり、別れようって言われたり……喧嘩だってしたことないのに」  ポロポロと溢れ出す涙は一気に彼女の顔を濡らした。 「ホラ、食べるか泣くかどっちかにする」  彼女の横にしゃがみ、手に持っているパンを皿に置いてやる。「うー」と唸り更に泣き出すその頭をポンポンと優しく叩いた。 「お前頑張り過ぎ。もっと肩の力抜けって。恋と仕事は違うだろ? 男はなぁ、ちょっとくらいワガママ言ってくれる女を可愛いと思っちまうんだよ。泣きたい時は泣いて、嬉しい時は笑う。それでいいんだよ」 「……泣いたらウザいよ、私」 「マスターにはいつも泣きついてんでしょ? 俺にも見せてるじゃん、泣き顔。もっと心開けば? 恋人は多分いつも……それを待ってるんだと思う」  言われたことがある。俺自身が、昔付き合っていた女性に。  ――――あなたは完璧過ぎて、私が必要ないみたい。  恋人を大事に思っていた。だからこそ完璧でいなければならないと思い込んでいた。  きっと彼女も。 「今日、予定は?」 「ない……」 「じゃあ決まり。俺の街探索付き合え」  恋愛感情はない。友情と呼ぶほどの面識はない。同情――とも違う、何か。  不思議な気持ちが芽生えた四月。  彼女の笑顔と共に俺の生活は色付きだした。
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