ロックスタイル

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 ――女の子には優しくね。  ――女の子にはね、壊れ物を扱うように大切に接するのよ。  幼い頃から両親にそう言われ続けていた。妹が生まれたときは特に強く。  姉に対しても妹に対しても、絶対に乱暴なことはしちゃダメ。  その代わり、姉や妹もワタシを大切にしてくれた。  愛に溢れた家族。  ワタシは今まで女性には勿論、男性にも暴力なんて振るったことはなかった。  だから今、自分が何をしたのかわからなかった。  彼女が男に頬を叩かれた。  そして咄嗟に――ワタシはその男に同じことをしていた。 「……ケイ」  頬が赤く腫れているハルカちゃん。  可哀想に。すぐに冷やしてあげないと。  だけど、目の前でワタシに打たれて呆然と立ちすくむ男を見たらそれより先に片付けないといけないことがあると思った。 「何すんだよ……」 「それはこっちの台詞だ。アンタ彼女のこと好きじゃないのかよ? 何平気で手上げてるんだよ」 「……」 「確かにアンタとの関係を清算する前の行動としてはこっちが間違ってたかもしれない。だけど、だからって暴力はよくない」 「お前が……お前みたいな……性別もハッキリしないカマ野郎に……」 「じゃあハッキリしてたらいいのか?」  カウンター横の引き出しにあるハサミを手に取り、その勢いでワタシは自分の長い髪の毛を切った。 「ケイ!?」  パラパラと舞う髪の毛。  肩の上までバッサリと切り、男の胸倉を掴んだ。 「これでいいか?」  ごくり、と男が唾を飲み込む。視線を合わそうとしない彼に顔を寄せ、キツく睨み付けた。 「決めるのは彼女だ。それでいいよな?」  首を縦に振る男を見て、ハルカちゃんが気持ちを吐き出す。 「今の仕事はずっと憧れていた夢だったの。簡単に辞められるものじゃないし、辞めろって言われたくなかった。私は……私は仕事を認めてくれて、応援してくれているこの人と共に歩みたい。女らしさを押し付けてこない、この人と」 「悠……」  ワタシの腕を掴む彼女の姿に、男は膝を付いた。 「イヤね、ワタシったら。こんなに床汚くしちゃって」  男が去った店内。  カウンター、いつもの席に彼女を座らせ、ワタシは髪の毛を片付けていた。 「明日ちゃんと美容室行きなさいよね」 「ハルカちゃんも一緒に行く?」 「何でよ?」 「長いと邪魔になるんでしょう?」 「でも、ケイ……」 「なぁに?」  少しモジモジして見せた彼女は、恥ずかしそうに続けた。 「髪長いほうが可愛いのにって、昔言ってたし……」 「ハルカちゃん」 「仕事もね、がむしゃらに突き進むだけの時期も終わって、もう大分落ち着いてきたから……だから、オシャレにも気を遣おうって思って。ホラ、可愛い服作っても、作る人間が可愛くなかったら……ねぇ?」  照れ笑いで誤魔化すハルカちゃんはとても可愛くて、ワタシは彼女を抱きしめた。 「なっ、どうしたのよ?」 「可愛いなって思って」 「……っ」 「ハルカちゃんは、男らしい男じゃないとイヤ?」 「……それがケイの仕事のスタイルなら、それもアリだと思うよ。だってケイも、私のコトも仕事も認めてくれてるでしょ?」 「勿論よ~! もし結婚してもずっと続けて欲しいと思うわ!」 「けっ……!?」 「……そうなるといいわね」 「……う、うん」  頷く彼女に小さくキスをした。 「好きだよ、ハルカ」 「~~~~~~~~~~~~!? 急にオトコに戻るのズルいよ!!」 「フフ、やぁねぇ、ワタシはずっと男だけど?」  バー“Blue rose”。  昔は造るのは不可能とまで言われていた青いバラの花言葉は、「奇跡」や「夢叶う」等と今や素敵なことの象徴のようだ。  だけどワタシがこの店の名前を決めた時に一番意識していた花言葉は―――― 「神の祝福」 「何? 急に」 「ん、このお店の名前の由来にした花言葉よ」 「そうだったんだ」  白いドレスに身を包んで隣で笑う彼女はとてもキレイで、店内は今開店以来一番の人で溢れていて、仲良くしてくれる常連さん達に囲まれて――すごく、すごく幸せだ。 「マスターが髪切った時はびっくりしたけど、すっごく似合ってるね」 「あらそぉ~? それは短い髪が? それともハルカちゃんとワタシが?」 「あはは! どっちも!」 「フフ、ありがとう」  お互い仕事で忙しいワタシ達は、それでも一応ケジメをとこの店でささやかな結婚パーティーをすることにした。  ゲストは家族と友達と、ワタシを支えてくれた常連さん達。  ドレスは彼女の手作りだ。 「マスター! ハルカさん!」  綾乃ちゃん達が笑顔で近付いてくる。 「結婚おめでとう!」  差し出してくれたのは、両手いっぱいになる量の青いバラの花束。 「やっぱりコレかなって思ったの」 「でも、調べてみたんですけど青いバラの花言葉って素敵ですね」 「神の祝福なんて、今日の日のための言葉じゃない!?」  まるで自分たちのことのようにワタシの幸せを喜んでくれるお客さん達。  こんな人達に巡り合えたのも、高校のあの時に夢を語り合った彼女の存在が大きいと思う。 「やっぱりケイ、噂通り魔法使いだったんだね」  ハルカちゃんはそう言って店内を見回す。 「みんなケイが幸せのお手伝いしてきたんでしょ?」 「大袈裟な。ワタシは話を聞いていただけ」 「それでも……やっぱり魔法使いなんだと思うよ」 「そう?」 「うん……だって――」  ドレスの裾をちょこんとつまみ、ニッコリと微笑んで彼女は言った。 「私をお姫様にしてくれて……幸せにしてくれてるんだもの」
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