ロングスタイル

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「聡一っていつもソレだね」  いつだっただろうか。一緒に飲むようになって少しした頃彼女はそう言った。 「ジントニック、そんなに好きなの?」 「……そんなに好きじゃない」 「はぁ!? え? どういうこと?」  彼女の疑問は当然だ。俺は毎回必ず、最初から最後までジントニックを飲み続けているのだから。それを好きじゃないと言われれば誰だって疑問符を浮かべるに決まっている。 「よくある……か、わからないけれど。ありふれた理由だよ」 「えー? あ、わかった、女だ」 「そ」 「彼女が好きなお酒、とか? あれ? そういえば聡一って彼女いるの?」 「いたら今隣で飲んでるのはお前じゃないだろ」 「……そっか。じゃあ未練ある人がいるとか?」 「未練……ってつもりはないけれど。恋愛感情が残っているわけでもないし」 「ふーん?」  そこまで聞いて彼女の興味は薄れたようだ。必要以上に踏み込んでこない彼女の付き合い方は気に入っている。あまり自分を語るのは得意じゃないから。 「まぁ、俺がジントニック以外を頼むことがあれば、それは好きな女が出来た時だ」  青バラから少し離れた場所に建つホテルの最上階にあるそのバーは、適度な高級感と気取らないメニューに若者から年配の人まで幅広い層に人気の店だ。  そこに彼女とその元彼はいた。  カウンターに二人並んで座り、真剣な面持ちで何やら話し込んでいる。  俺は彼女の隣に腰を下ろした。 「モスコミュールを」  俺の声に気が付いた彼女がこちらを向いた。 「そ、聡一……? え?」 「何をそんなに驚いている? あの流れだったら俺が追いかけてきてもおかしくないだろ?」 「う、うん……いや、そうじゃなくてッ」  わかっている。俺が頼んだ酒が気になっていることを。 「こんなところまで来て一体何の用だ? えーと、綾乃の“大切な友人”クン?」  怪訝そうな、だけどやはり人を馬鹿にした態度で男は俺を見ている。 「いや、ここに来れば別れた女性に必死で無理矢理求婚する男が見れると思って」 「……は?」 「同じ男として、そんな恥ずかしいことが出来る人を一度見ておきたいな、って」  男はみるみる顔を紅潮させた。 「き、貴様は……」 「すみませんね。生憎貴方と違って育ちが良くないもので」 「……ッ」 「私を挟んでやめてよね」  綾乃は男のほうを向いて、少しの間何かを考えていた。  そして一瞬俺と視線をぶつけると、覚悟を決めたように口を開いた。 「聡一、モスコミュールにした意味……私の予想で正しいかな?」 「多分な」 「私の自惚れじゃない?」 「……うん、その言葉を聞いて綾乃の予想した答えがわかった。大丈夫だよ」 「――ありがとう」  そして綾乃は男に見せつけるように、俺の唇に自分のそれを重ねた。 「!?」 「ごめんなさいね。折角あなたがプライドを捨てて醜態を晒してくれたけれど、私はあなたが思っているような女じゃないの」 「綾乃……?」 「仕事はちょっとは出来るかもしれない、それは自負してる。でも、お酒飲んではグダグダに酔いつぶれて、見知らぬ男の家で朝を迎えるような女よ」 「……」 「で、公衆の面前でキス出来ちゃうの。あなたが求める淑女とはかけ離れているでしょう?」 「な、何を……そうか、突然の結婚話に混乱しているんだな? 綾乃は想定外のことには弱いから――」 「その、自分はなんでも恋人のこと知ってますって態度やめてくれない? 大体あなたが勝手に私を理想の女性像に当てはめて、それと少し違う面があったからって自分から別れを選んだんじゃない。今更結婚だなんだって、馬鹿にしないでくれる?」 「それは――謝ろう。だけど……」 「私はお人形さんじゃないの。時間が過ぎれば新しい環境も出来て、新しい恋人も出来るわ」  戸惑う男のネクタイを掴み、顔を寄せて睨み付けた彼女はそのままドンと男の胸を押して立ち上がった。 「私は自分の足で立って、歩いている男が好き。飾らない自分を受け入れてくれる人じゃないとイヤ。両方満たしていないのがあなたで、両方満たしている人がこの人なのよ!」  カウンターの席からよろめき倒れかける男を尻目に、彼女は俺の腕を引っ張って店を出た。 「……大胆なのな」 「そ、そんな風に改めて言うことないじゃない!」  夜の公園。  ホテルから青バラに戻る途中の道を、ゆっくりと二人並んで歩く。 「聡一が……モスコミュールを……」 「ん、そうだけどさ」 「もうね、決まってたんだ」 「何が?」 「最初から断るつもりだった。あんな話、勝手すぎるじゃん」 「うん」 「許せなかったんだ。私のことだけじゃなくさ、お店もマスターも……聡一も悪く言われて。だから、ボロクソに言って断ってやろうって思ってた。でも、その前に聡一が来てくれて、スカッとすること言ってくれた。やっぱ聡一がいいなって思ったんだ」 「俺は面白くなかったけれど」 「え?」 「お前、俺のことただの友人って言うし……なんだよ、って」 「それは、だって、別に付き合ってないし、そう言うしか……!!」 「俺と付き合ってよ。恋人って言える仲になってよ」 「~~~~~ッ!! そ、それだって今更改めて言うことじゃ…」 「言うことだよ」  綾乃の瞳を見つめ、立ち止まる。  つられて向かい合う形で立ち止まる彼女を抱きしめた。 「わかんねーんだよ。言葉にしないと」 「あは、そだね……」 「ハッキリいつからとか、そういうのはわかんないけれど――綾乃が隣にいるのが一番しっくりくる。彼女になってよ」 「……うん。ありがとう」  手を繋いで青バラに戻った俺らを見て、マスターは乙女のようにはしゃいだ。なんとなく今更感も拭えないような、だけどやっぱり新鮮な感覚。 「やっとくっついてくれてよかったわ~! 聡一クン、この子の面倒見るの大変だと思うけれど見捨てないであげてネ?」 「ちょっとマスター! どういう意味よー!」 「あはは、覚悟してますよ」 「ちょ、聡一!?」 「じゃあ今夜はパーティーね! 何飲む?」 「そうだなぁ。私は……モスコミュール」  ニヤリ、と俺を見る綾乃。 「聡一クンはやっぱり――」 「あ、いえ……」  いつものようにジンに手を伸ばすマスターを止め、ニヤニヤしている彼女を小突く。 「俺も綾乃と同じので」
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