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カクテルグラスはスマートだから好き。
イイ女っぽく見えるから好き。
作られたままの味を堪能出来るから好き。
そんなことを考えて飲む私が好き――――
「ねぇマスター。なんでマグカップなんて置いてるの? ……うわ、ペアだ」
カウンターの奥の棚には、色んな種類のアルコールが並んでいる。その横の棚には食器類。どれもインテリアとしてすごく計算された、使い勝手の良さそうな配置。
小さくて、決して流行っているとは言えないけれど雰囲気のあるバー。それがココ“Blue rose”。月に一・二回、もう二年くらい通っているだろうか。私のお気に入りのお店。
「もぅ、女の子ならペアもの見てそんな嫌そうな声出さないのッ」
と、マスター。
こんなオネエな喋り方だが、見た目はイケメン。ただ、ホストみたいなチャラチャラしたイケメンじゃなくて、中世的な美人――うん、“麗人”って言葉が似合う。
「だってー」
「これはねー、ウチの常連さん用のマグなのよ。ココで出逢って先月結婚したの♪ その結婚祝いにワタシからプレゼントしたものなのよ~」
「へぇ……でも、マグカップ?」
「えぇ。付き合いだしてから2人、モスコミュールばかり飲むから。コレがいいかと思って」
「モスコミュールねぇ……」
「凛ちゃんにもステキなことがあれば、ワタシ奮発しちゃうのに」
「あはは、やめてよ」
ステキなこと、か。
「ココで出逢って結婚かぁ……どういう感じだったの?」
「ん? どういうって……そうねぇ――」
片手を頬に添えて考えるマスター。
その時、カランカランと古風なベルの音が響いた。
「あら、噂をすれば♪ お疲れ様ー」
そう言って入ってきた客を迎え入れるマスター。私もその二人を見る。今話していた新婚夫婦らしい。
「っはー。ホント疲れたわー」
「綾乃、声でかい。他にお客さんいるだろ」
「あれ? ホントだ、ごめんなさい」
苦笑いしながら私に声を掛けてきたのが奥さんか。いかにも“デキる女”って感じで、カッコイイ美人だ。隣の旦那さんは背が高くて……年上なのかな? 落ち着いている。
「今ね、ちょうどアナタ達の話をしていたのよ」
「俺達の?」
「そ♪ そこの女の子にマグの話をしていて……凛ちゃん、こちらがさっき話していたご夫婦よ」
「あ、どうも」
私が会釈すると、その女性は笑顔で近付いてきた。
「はじめまして、つ……宇和島綾乃です。横いーい?」
「どうぞ……あ、旦那さんも。私は佐藤凛です」
隣に腰掛けるアヤノさんの横に、旦那さんが座る。
「どうも。宇和島聡一です」
「佐藤凛……さとうりん……ね、さとりんって呼んでも――」
「コラ、お前そうやって初対面で勝手にあだ名つけるのやめろよな……すみません、コイツ悪気はないんです」
「いえ」
「はーい。ごめんなさい、佐藤さん。私は宇和島二人なので綾乃でいいです。こっちは聡一でいいです」
見かけによらず人懐っこい性格のようだ。コロコロ表情が変わって、初めの美人な印象から可愛い女性というイメージに変わった。
「マスター、じゃあそのマグでいつものー」
「はいはい。あ、二人から馴れ初め話してあげて♪ 知りたいんですって!」
「えぇっ!? そんな人様に話せるようなロマンティックなストーリーじゃないよー」
恥ずかしそうに笑う彼女。
甘い。空気が甘ったるい。
結局照れて話そうとしない綾乃さんに代わって、聡一さんが淡々と説明してくれた。
「それにしてもー、リンちゃんはお酒つおいねー。若いのにー」
結構長く居座った頃。二人のドラマみたいな馴れ初めを聞き、お互いの仕事の話をし、私が年下と知った綾乃さんは私を名前で呼ぶようになっていた。
「そうですか? 綾乃さん達のほうが沢山飲んでますよね」
「私はねー、ロングばっかだしねぇー」
「うん、佐藤さん強いお酒ばかり飲んでるのに、平気そうだよね」
「あはは……そうですね」
カクテルはショートがいい。
スマート・イイ女・カッコイイ。
確かにお酒は強いほうだと思う。
「強い女になりたくて」
女の涙は武器なんかにならない。そんなこと、痛いほど思い知らされてきたんだ。
「そしたら、気付いたらお酒も強くなっちゃってました」
「……」
自嘲気味に笑い横を向くと、綾乃さんは居眠りしていた。
「あー、ごめんね。コイツ沢山飲んだらすぐ寝るんだわ」
「ふふ、でも、そこから始まった二人じゃない♪」
「マスター! 結構照れるんでもう勘弁して下さいよ」
「聡一さんも照れるんですね」
「え? どういう意味?」
「あはは、すみません。さっきも綾乃さんと違って平然と馴れ初め話してくれたから」
聡一さんは少し何かを考えて、マグカップに手を伸ばした。
「佐藤さんが今までどんな経験をしたかはわからないけれど……コイツもね、出逢った時は自分を作るタイプだったんだ。男の前では相手の理想通りに、デキる女でいなければ、って」
「……酔っ払って寝ちゃってますけど」
「うん。マスターや俺にはね、泣き顔も弱い面もバンバン見せてくれて。だからマスターも俺も、コイツが可愛くて仕方ないんだ。ね、マスター?」
「そうよぉ~! アヤノちゃんはすーぐ頑張りすぎて自爆しちゃうんだけれど、そういうところがほっとけないのよねぇ」
男性二人が笑う。
むにゃむにゃと気持ち良さそうに眠る綾乃さんを、愛おしそうに語る。
「マスターって女の子にそういう気持ちになるの?」
ふとした疑問をぶつけると、マスターは意味深に笑った。
「フフ……どうなのかしらね?」
「それは俺も気になりますね」
「聡一クンまで? ワタシはワタシが好きになった人がタイプよ」
「それ、答えになってません」
「あらヤダ、酔っちゃったのかしらね?」
あくまでもはぐらかす態度のマスター。
「だからね、デキる女も素敵だけど、守りたいと思われる女もいいわよ」
「うん、それは俺も同感かな? まぁ、佐藤さんは佐藤さんで色々あるんだろうけれど」
そう、色々あるのよ。守りたい女なんて簡単に演じられる。強い女こそ、難しいし最高にカッコイイ。そして幸せだと思う。自分で幸せを掴み取りにいけるんだから。
「佐藤さんは、守りたくなるタイプだよね」
聡一さんの一言は、多分他の女性は嬉しい言葉なんだろう。
だけど私はショックだった。どこが……ダメなんだろう?
「どうして私が? って顔だ」
「!?」
「図星みたいだね」
「……っ」
「多分ね、本当に強い女性っていうのは、強くありたいってそこまで願ってないんだと思うな」
そう言って、眠る綾乃さんを揺さぶり起こして席を立った。
「綾乃、帰るぞ! ……ごめんね、一人でゆっくり飲んでるところを邪魔しちゃった上に――踏み込み過ぎたね」
「もー帰るのぉ~?」
「帰るぞ。明日午前中から出掛けるって言ってたじゃん」
「あれ~? そーらっけ……あー!」
「ったく……じゃあマスター、ご馳走様でした」
「はぁい。気を付けて帰りなさいよぉ?」
「えぇ」
グダグダな綾乃さんを抱えながらもスマートに会計を済ませる彼は、マスターに挨拶をした後私を見た。
「佐藤さん、今日はありがとう。もし何かぶつけたくなったらいつでも聞くから……マスターにでも言ってくれれば」
「あ、ありがとう、ございます」
そしてカランカランと音を立てて店を出た二人。
マグを洗うマスターと、会話する相手がいなくなって初めて耳に戻ってきたBGM。目の前の空いたカクテルグラス。
「凛ちゃんはそのグラスがよく似合うわ」
ポツリとマスターが言った。
「計算されたフォルム。だけど本当は、そんな短い時間じゃなく……もっとじっくりそばにいて欲しい」
ハッとした顔をしてしまったかもしれない。
マスターは一瞬私を見て、すぐに手元に視線を戻した。
「……いやね、カクテルグラスの話よ」
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