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 最後に今井君と飲んでから三ヶ月は経った。  今まで毎月――月に数回は誘われていたのに。  半袖じゃもう夜は肌寒いかなという季節も、気付けばコートが無いと出歩けない程寒い冬になっていた。  いい感じになってきたと思っていたのに。  どうしてだろう?  社内では今井君も話し掛けてくれる。プロジェクトが成功した時も祝ってくれたし、会議資料を作る時も頼られる。だけど、今までみたいなデートっぽいお誘いはあれきりだ。 「佐藤さん!」  人懐っこい笑顔に柑橘の爽やかな香り。いつもの今井君。  ほら。こんなにも慕ってくれてるのに。 「どうしたの?」  期待している。本当は。  ほら、誘ってよ。「これからどうですか?」って。 「最近あのお店行ってますか? Blue rose、でしたっけ?」 「ううん……なかなか忙しくてタイミングがね」 「あ、そうですよね」  嘘。  本当はあれ以来行きづらくて顔を出していないだけ。  今井君、貴方と付き合うことになったらマスターに報告したいとは思っているのよ――死んでもそんなこと言えないけれど。 「僕、あれから少しカクテルの勉強してるんですよ。マスターのお陰でカクテルもハードルの高いものじゃないってわかったし……」 「そうなんだ、熱心ね。もう注文も手こずらないかな?」 「……はは。じゃあ、僕これから用事あるので」 「ん、気をつけて帰るのよ」 「はい!」  プロジェクト進行中は、私の忙しさに気を遣って誘ってこないんだと信じてた。だけど大きな仕事も片付いて、今は少し余裕のある時期。  だからって、今までずっと“相談を受ける先輩”って顔で誘いを受けてたんだもの、今更自分から誘うなんて無理。  そのまま帰るだけだから手を抜きたいところだけれど、最低限の身だしなみ程度にメイクを直すため帰り際に化粧室に立ち寄った。「お疲れ様です」と挨拶だけ交わし必要以上に関わらないのが就業後の暗黙のルール。黙って皮脂を押さえていると、同じくメイクを直している後輩達の会話が耳に入った。 「ね、最近今井君良くない?」 「今更~?」 「いや、前からカッコイイとは思ってたけれど。最近バーとか通ってるっぽいよ」 「えー、意外ー。ビール好きなんじゃなかったっけ? 同期会でも居酒屋しか行かないって……」 「陽子、今井君とこれから飲みに行くって言ってたよ」 「マジで!?」 「うん、最近ちょくちょく一緒に行ってるみたい。結構お洒落なお店行ってるんだって」 「うわー、いいなぁー」  聞いていられなかった。  知りたいけれど知りたくない情報。そうか、“先輩”じゃなく“女の子”とは居酒屋以外も行けるんだ。  さっき言ってた用事ってデートだったのか。陽子ちゃんっていったら今井君の同期の中ではダントツ可愛いって評判の、おっとりした女の子らしい妹系だ。  ――最初から対象外だったのかな?  彼女と私は全然違う。やっぱり私はただの頼れる先輩だったんだな。  その夜。  私は久しぶりに夢を見た。昔の――この会社に入った直後の夢。  元彼は二つ年下の部活の後輩だった。在学中から付き合っていて卒業後もうまくいってると思っていたし、学生と社会人という違いなんて気にならなかった……私は。 「先輩はいつまで“先輩”でいるつもりなんですか?」  カレの最後の言葉が今でも引っかかっている。当時はそれがどういう意味かイマイチわからなかった。  私のほうが年上なんだから先輩に決まっているじゃない。先輩として出逢って、先輩として付き合いだしたんだもの、当然よ。  その当時は社会人になりたてで、それこそ右も左もわからなくて、がむしゃらで。気持ちに余裕が持てなかった。  私が振られたあの日。  仕事で失敗して落ち込んでいて、彼とのデート中に思わず弱音を吐きそうになった。 「ねぇ……私、仕事で……」 「ん? 何? 先輩」 「……なんでも。それより学校はどう? 部活引退してから受験勉強捗ってる?」 「――何か言おうとしたんじゃないの?」 「ううん、いいの! やっぱなんでもないから!」 「……先輩」 「何か相談? 改まっちゃって」  そして言われたあの言葉。その帰りに「ただの後輩に戻ろうと思います」って言われた。  目が覚めたとき私は泣いていた。あの時は涙なんて出てなかったのに。  元カレの言葉の意味。今井君のメールの意味。  今更気付いた。  もう遅いのかもしれないけれど――  まずはマスターに謝ろう。  翌日、久し振りに青バラへと足を運んだ。
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