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僕は本棚から綺麗に並べられた本をこっそりと取り出したり戻りたり、繰り返しながらたまに彼に視線を向けた。彼はよく分からない難しい数式が書かれた分厚い参考書を頼りに一人で黙々とシャーペンを走らせている。他の生徒は本を借りたり好きな漫画を探したりと、なんとも楽しそうだ。
彼に目をやる。彼はまだシャーペンを走らせている。
確かにこうやって見てみると、彼は人々の理想が集まってできた完璧な人間に思えてくる。彼に人が寄ってくるのも無理はない。彼みたいになりたい、僕でさえそう素直に思ってしまうのだから。
だから僕もみんなのように彼を求めてしまうのだろうか。
少し考えて、それは違うと思った。
やがてキリがついたのか、彼はシャーペンを置いた。多分無意識だろう、彼の視線がフラフラと楽しそうに漫画を読む生徒へ伸びていた。
「羨ましいの?」
耳元で囁くと、もう僕と会うことはないと思っていたであろう本人は驚いた顔をして僕を見た。なんでお前がいるんだよ、表情からそんな気持ちが滲み出ていた。それから慌ててシャーペンを握り、僕を気配を振り払うように続きを書き始める。歪んだ文字が彼の動揺を示していた。
彼のことが羨ましいと思ってしまうのは、事実だ。これに関しては認めざるを得ない。僕は彼には敵わない。
でもね。
僕は知っているんだよ。彼の裏の顔、本性、優等生という偽り。
全部知っているんだよ。
それが集まってできたのが僕なのだから。
「本当は君も遊びたいよね。でもさ、勉強さえしてれば何も怖くないもんね」
彼の反応を期待してみるが、彼は僕を見てくれない。
「だってさ、勉強をすればみんなは君に気を遣って寄って来ないし、むしろ褒められるばかりだもんね。君にとって勉強は、人と関わりたくない時の逃げ道、そして自分を隠して生きていくための道具なんだよ」
言い終わる少し前ぐらいだろうか。握っていたシャーペンの芯が折れて、そのまま心まで折れてしまったみたいだ。彼は足早に図書館を去っていった。
落ち着きの無い彼を、生徒は不思議そうな顔で見ていた。
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