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化かされた?
碧は夏休みになると毎年祖母の美奈子の家に遊びに行っていた。そのとき美奈子はいつも碧に話す昔話があった。その内容はこのようなものである。昔、この近くの川にかわうそといういたずら好きの妖怪が住んでいた。容姿は動物のかわうそと同じであるが、違う点は人間のように古びた笠を被り、ボロボロの着物を着ているそうだ。かわうそは化けるのが得意なようで美しい女性や子供に化けて脅かし、人間たちをからかっていたそうだ。しかし、やがてかわうそが散々脅かしていた子供たちは成長し、村から出ていった。大人たちも年を取り、姿を見せなくなった。かわうそは脅かす相手がいなくなってつまらなくなったのか忽然と姿を消した。
「おばあちゃん、かわうそはどこへ行っちゃったんだろうね」
碧は純粋な疑問を美奈子にぶつける。美奈子は湯のみに入ったお茶を一口飲んで、息を吐いたあと空を見上げる。
「さあねぇ……姿を見せないだけでまだあの川にいるのか。はたまた別のところに行ってしまったのかもしれないねぇ」
話を聞いた碧の好奇心はムクムクと膨らむ。あの川に行けば、かわうそに会えるのではないだろうか。そんな淡い期待を抱いて。碧は家を出て、川に遊びに行く。川の水は底が見えるぐらい澄んでいて、流れる音はいつも穏やかなものであった。碧は川に近づいて、そっと覗いてみるが、見えるのは小さい魚だけ。やはり祖母の言う通りかわうそはもうこの川にはいないのだろうか。諦めて家に帰ろうとしたときだった。どこからか女の子のすすり泣く声が聞こえてきた。碧はあたりを見回しながら女の子を探す。すると、膝を抱えて泣いている赤いワンピースの黒髪の女の子がいた。
「どうしたの?大丈夫?」
碧はその場にしゃがむと女の子に恐る恐る声をかける。碧は近所の子供と遊ぶどころか自ら声をかけたことすらなかった。いや、それどころか泣いている人間に声をかけること自体が初めてだろう。しかし、聞いても答えは帰って来ない。女の子は泣いてばかりである。
「お父さんとお母さんは?」
「……あ、あのね。落としちゃったの」
女の子は涙を拭き、嗚咽を漏らしながら話し始めた。碧が何を落としたか聞こうとしたとき女の子は今まで伏せていた顔をゆっくり上げる。
「私の顔、どこにあるか知らない?」
この問いかけのあと自分がどうなってしまったのか碧の記憶はない。
碧が目を覚ますと碧が祖母の家に来た時に使っている部屋の天井が見えた。確か自分はかわうそを探しに川へ行ったはずなのにどうして布団で眠っていたのだろう。碧は不思議に思った。すると、部屋の扉が開くと美奈子がお茶を持って入ってきた。
「大丈夫かい?あんたが倒れたって聞いたときは心臓が止まるかと思ったよ」
美奈子は心配そうな眼差しを碧に向けながらお茶を差し出す。碧は祖母に心配をかけてしまったことを申し訳なく思いながらお茶を一口飲む。
「ごめんなさい。おばあちゃんが私のことをここまで運んでくれたんだね。ありがとう」
しかし、美奈子はやんわりと碧の言うことを否定する。
「ここまで運んだのは私じゃないよ。碧と年が変わらないぐらいの男の子が家まで背負ってくれたんだよ」
話によると美奈子は碧の帰りが遅いことを心配し、川へ向かった。そこには黒い短髪に白いシャツと膝丈の黒いズボンを履いた少年がいた。そして、その横には自らの愛孫が倒れていたのだ。美奈子は慌てて碧に駆け寄り、少年に事情を聞いた。動転する美奈子の様子に少年はあたふたしながらも事情を説明した。少年の話によると自分が川を通りかかったときに倒れている碧を見つけたらしい。何度も声をかけたが、なかなか目を覚まさなかったようだ。少年は美奈子を気遣い、碧を家まで背負った。そして、家に着いた後お礼にお茶でもどうかと美奈子に誘われたが、用事があるからと言って少年はそのまま帰ろうとした。そこで美奈子はせめて名前だけでも教えてくれないかと尋ねた。
「河井蒼太くん。確かそう名乗っていたねぇ。でも、この辺りに河井さんなんていたかしら」
「その子も私みたいに遊びに来てるのかもしれないね」
今の時期はちょうど夏休みの期間だ。親と祖父母の家に遊びに行っているのかもしれない。碧はそう考えた。碧は自分を助けてくれた恩人にお礼を言いに行きたいと思ったが、その少年がどこの家にいるかがわからないから行きようがない。では……
「あんた体の具合はどうなんだい?最近は熱中症がどうとかいうじゃないか。そのせいなんじゃないかい?」
碧はすかさず否定した。特にどこも痛くなければだるいわけでもない。どうして自分は川のそばで倒れていたのか碧は思い出そうとする。そのときあるものが碧の脳裏に浮かんだ。
「そうだ!おばあちゃん!お化けを見たんだよ!」
泣いている赤いワンピースの女の子に話しかけたとき顔を上げた女の子の顔には目も鼻も口もなかったのだ。驚きのあまり気絶してしまったことを思い出して、碧は美奈子に川での出来事を話した。
「あんた悪い夢でも見たんじゃないのかい? それとも、かわうそに化かされたのかもしれないねぇ」
美奈子は冗談っぽく笑いながら部屋を出て行った。碧は祖母が部屋を出て行くのを見送った後ため息をつきながら布団に倒れ込んだ。
気がついたらそのまま眠ってしまっていたようで、碧が目覚める頃にはとっくに日が暮れていた。目覚めたばかりとは言え碧はすぐに異変を感じた。生臭い匂いがする。碧が恐る恐る布団のまわりを見渡すと畳の上でビチビチ跳ねている二匹の魚が目に映った。碧が驚きのあまり声をあげると美奈子が血相を変えて部屋に駆けつけた。
「この魚置いたのおばあちゃん!?」
「生魚を畳の上に直に置くものですか」
碧が慌てて聞くと美奈子は顔を青くしながら否定した。昼間の川での出来事といい布団のそばに突然現れた魚といい一体自分の身に何が起こっているのだろうか。碧はそんなことを考えると恐怖を覚えた。
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