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滝のように額を伝う嫌な汗を拭うと、男はようやくその口を開いた。
「それでは、どちらも置いていきますので、お納めください」
そう言って立ち上がった男が部屋を出て行くと、ドアが閉まると同時に俺は、崩れ落ちるように散らかっている床にゴロリと横になった。
思い切り空気を吸い込むと、ようやくまともに呼吸できた気がしたが、ドクン、ドクンと胸の鼓動はまだ鳴り止まない。
あの時、俺は老婆の口の開いたバッグから、こっそり財布を抜き取っていた。
ほんの……出来心だった。
この不景気でバイト先の店が突然閉店し、それと同時に俺は無職になってしまった。
日々の暮らしをバイト代で食いつないでいた俺は、貯金があるわけもなく、途方に暮れていた。
そんな時だった。
バッグからのぞく財布が、まるで天からの贈り物のように思えた。
横断歩道を渡って老婆と別れた俺は、近くのコンビニに急いだ。
そこのトイレで、財布から数万円の現金を抜き取ると、財布はゴミ箱に捨てたのだった。
だが、老婆の財布がなくなっていることについて、男は一言も触れなかった。
老婆がボケていて、今でも財布がないのに気付いていないとしたら助かるが、そうでなかった場合は……。
静かな部屋でジッとテーブルの上を見つめていると、カチ……カチ……と規則正しい微かな音が耳に届いた。
こうして考え事をしていると、その音はひどく耳障りだった。
敷きっぱなしの布団の枕元に転がっている目覚まし時計を手に取った俺は、そこから電池を抜いた。
しかし、その微かな音はまだ鳴り止んではくれない。
まさかと思い、テーブルの上の小さな箱に、そっと耳を近付けてみると、音はそこから聞こえていた。
ば……爆弾?
あの男は……爆弾を置いていったのか?
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