偽りの夫婦

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 いつも夕方六時には仕事を終え、スーパーに寄ってから帰宅する。  大学卒業後に入社した会社で、事務職をこなす日々。お給料は決して多くはないけれど、基本的には定時で帰ることができるから、ありがたい。  家に着いたら、急いで夕食の準備に取りかかる。 「ただいま」  そして、夕食が出来上がる頃、彼が会社から帰宅する。 「おかえりなさい。仕事どうだった?」  ネクタイを外しながら、彼はため息をつく。 「今日も簡単過ぎて、すぐに終わった。やっぱり地球人は遅れているな。文明も脳の発達も。……それはそうと地球人、この匂いは『カレーライス』か?」  私もため息をつきながら、サラダをテーブルに並べる。 「何度も言ってるけど、私は『地球人』って名前じゃなくて、『星那』です」 「地球人、夕食は『カレーライス』だな?」  彼は私の言葉なんて、まともに聞こうとしない。私も、彼のことを名前で呼んだことはないのだけれど。 「……はぁ。そうだけど。あなたの好きなものでしょ?」  彼は、いつものように冷たい視線を向ける。 「好物で俺を釣って、解放してもらおうという作戦か? カレーごときで俺は変わらないぞ」 「そんなんじゃないよ……」  目の前であらためて見ても、この人はやっぱり容姿端麗で、誰もが見惚れてしまうスタイルの持ち主だと思う。  「この人が旦那」と話したら、きっと多くの人が羨ましがるんだろう。  見た目だけなら、違和感なんてどこにもない。  彼が、いわゆる『宇宙人』だなんて、いったい誰が信じるだろう――――。  遠い遠い星から秘密裏(ひみつり)にやってきた、異星人だということを。  そして私は、『地球人調査』を密かに行う彼に、生活拠点を提供している『協力者』だということを…………。
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