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俺が彼女と……穂香と出会ったのは、映画館で隣の席に座ったことがきっかけだった。
席を立つ時、「面白かった」と呟いた俺に「最高でしたね!」と彼女が言葉を返してくれて、映画を観終えた後の高揚感が、自然と俺たちを喫茶店へと誘った。
今観たばかりの映画の感想を語り合ううちに、二人ともアクション映画が好きだということを知り、初対面にもかかわらずそこで三時間映画の話をした。
それ以降も何度か会って、映画以外の、お互いの話もたくさんした。
とにかく気が合って、話せば話すだけ楽しくて、友人からはスピード交際だと呆れられるくらいすぐに、俺たちは恋人同士になった。
彼女と公園のベンチで食べたお弁当。料理上手な彼女が作ってくれた春巻きが、俺の大好物だった。
はぐれないように手を繋いで歩いた、昼下がりのショッピングセンター。柔らかな彼女の手が大好きだった。
水族館にもよく行った。ガラスに張りついて魚を眺める、きらきらとした彼女の横顔が大好きだった。
服屋で俺が彼女に選んだ、ブルードットのワンピース。よく似合ってるって褒めると、照れたように笑う彼女の笑顔が大好きだった。
仕事で失敗して落ち込んだ時、深くは聞かずに、そっと寄り添ってくれる彼女の
優しさが大好きだった。
本当に、俺は彼女のことが大好きだったんだ。誰よりも大切な人だった。
それなのに、彼女の命は突然奪われた。
トラックが歩道に突っ込んだ事故。死者一名、重軽傷八名の悲惨なものだった。
トラックの運転手は、どうやら運転中に持病の発作を起こして、意識がなくなってしまったらしい。
ただ一人、運悪く死神に選ばれたのは、彼女だった。
「夢なら、覚めてくれ」何度そう思ったかわからない。
静かに安置される変わり果てた彼女の遺体の前で、俺は泣き崩れた。
ショックが大きくて、彼女の葬式には行けなかった。寂しがり屋な彼女は、きっと俺が来るのを待っていたはずなのに。
俺は家に引きこもって、ぐちゃぐちゃになった感情のはけ口を探すように、部屋の中を暴れ回った。
涙腺は狂ったように涙を出し続け、服の袖で乱暴に拭うと、目元に血がにじんだ。
食べ物がなにも喉を通らず、水だけの生活を続けるうちに、みるみる体は弱っていった。
動くのがおっくうで、ベッドから一歩も動かずに、自分が今、起きているのか眠っているのかすらもわからずに一日を過ごすようになった。
現実だろうが夢だろうが、喪失感はずっとつきまとってきて、俺の心を殴り続ける。
いつしか、精神が限界を超えたんだと思う。
俺は彼女と出会ってからの記憶を失くした。
そうすることで立ち直ろうと、俺の心が勝手に決めて実行に移したんだろう。
悲しみも苦しみも喪失感もすべてを忘れて、ボロボロの心を修復するために……。
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