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薄暗いアパートの玄関で、俺は目を覚ました。むせ返るような悪臭に顔を歪める。
夢、だったのか?
窺うように、自分の身の回りを確認すると、手に握られているハンカチを見つけて、俺は「あっ」と口を開いた。
「夢じゃなかった。会えたんだ、穂香に……」
そっとハンカチを胸に当てると、彼女の笑顔が思い浮かんだ。
そのとき、ドンドンとけたたましく玄関の扉が叩かれて、俺の肩はびくっと跳ねた。外から、俺の名前を呼ぶ声がする。
ふらふらと立ち上がって鍵を開けると、解錠音を聞いて向こうが扉を開けた。
「よかった、生きてた……」
そこには、さんざんスピード交際だなんだと呆れながらも、俺と穂香の関係を誰よりも温かく見守ってくれていた春孝が、目に涙を浮かべて立っていた。
「悠真、お前ガリガリじゃないか。携帯も繋がらないし、チャイム鳴らしても出ないし、毎日おにぎりと飲み物ドアノブにかけてたのに、いつもそのまま残ってるし、お前までよくないことになったんじゃないかって心配してたんだぞ!」
あの不快だと思っていたガサガサというビニール音は、春孝がおにぎりと飲み物を持ってきてくれていた音だったんだ。
俺は驚いて口を開いたまま、春孝の顔をじっと見つめた。
「おい、大丈夫か? その様子だとずっと食べてないんだろ?
すぐに病院に行こう」
穂香がいなくなって、世界でたった一人になったような気分だった。
だけど、扉の向こうには、俺のことを心配している人がいてくれたんだ。
「ありがとう、ありがとう……」
つ、と一筋の涙が頬を伝っていく。俺は背中に手を添えてくれた春孝の前で、大きく肩を震わせた。
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