市の葛藤

7/8
前へ
/290ページ
次へ
――― その文にはこう、記されていた。 『市へ。これは君に宛てる最初で最後の文になるだろう。私が君の兄上を裏切ってしまってから、私は何度となく悪夢を見た。それは織田信長が私を地獄の底まで追ってくるというものだ。それを見る度、私は何という事をしたのだろうと後悔に苛まれていた。しかしもう後には引けない。もうすぐ織田と浅井は戦をせねばならない。それは必然な事だ。もしその時がきたら、君は茶々と初、そして江を連れて逃げろ。後ろは向かず、君の愛する兄上の元へ。私は最後まで戦うつもりでいる。浅井長政という馬鹿な男がいたという事を君が覚えていてくれさえすれば、私はそれで満足だから。長々と書いてしまったが、これが私の君への、そして子どもらへの最後の言葉だ。さようなら。どうか無事で。』 ポタッと雫が江の頬に落ちる。不思議そうな顔で母親を見上げる江だったが、市はもう泣いていなかった。 (お兄様、必ず帰ります!) .
/290ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加