冷徹なる歌姫

2/2
28人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ
 歌姫選定委員会という組織がある。百年周期で平和を祈る歌姫を選定する他、生命にとって災厄となる魔物の研究と退治を請け負っている組織だ。  歌姫であるルリエも一応はここに所属しているのだが、本部のある北大陸ではなく支部である東大陸サレナの街にいる。  理由は単純明快、強くなる為に魔物が比較的多い場所にいたいから、これに尽きる。  朝起きて食事を済ませてからは街の中心にある瓦屋根の大屋敷・歌姫選定委員会サレナ支部の敷地内で剣の鍛錬、それが済めば街に繰り出し歩き回り、魔物が来ていないかを巡回。  来ていればすぐに現場へ向かい魔物を討伐、すぐに別の場所へ歩き出して見回る日々を過ごす。  夜は支部に戻って食事も早々に学問を学ぶ為に部屋に籠もるが、魔物が出現するやすぐに飛び出し討伐。  寝る時ですら寝具に着替える事なく、唯一服を脱ぐ入浴の際ですら剣は手の届く範囲に置くという徹底ぶりだ。  委員会の戦闘員が来るよりも早く征伐し、本来守られるべき存在が先陣を切るように戦うのは、勇ましき女性像と言えば聞こえはいいが委員会にとっても悩みの種。  今日もルリエは支部長に呼び出され、い草で編まれた畳という床材を敷く部屋の前の庭に来て小さく息をつく。 「前と同じ戯言なら聞きませんよ、支部長」  開口一番ルリエは言い放ち、縁側に座る襟詰めの白のローブに銀の襟袖を持つ選定委員会の制服に身を包む黒髪の女性、サレナ支部支部長カスミを苦笑させ、腕を組み冷徹にこちらを見つめるルリエに言い返す。 「あなたは自分の立場がわかっているのですか? あなたは……」 「かけがえのない世界の宝、平和を祈り歌う歌姫……それこそ戯言に過ぎません。弱き大衆の為の形骸化した祈りなど何の為になるのですか?」  やや低めの声色のカスミに対してルリエは強気な態度を一切崩さなかった。これにはカスミも言葉を詰まらせる。  ルリエの言うように、今現在歌姫の祈りは大衆の為のもの。百年周期で訪れる式典にも似たものになりつつあった。  平和の為の祈り。魔物が近年増えている事はあれど、人間同士の大規模な争いはここ数百年で沈静化に向かい、犯罪者などがいる程度。形骸化と言われても仕方ない側面はある。 「私の事よりも、早く私より強い護衛を探したらどうですか? いなければ、以前お話したように私は一人で巡礼します」  そう言ってルリエはカスミの制止も耳を貸さずに立ち去り、庭園を進みながらため息をついて空を見上げた。  本来、歌姫には護衛が必ずつく。歌姫の剣となり盾となる存在だが、ルリエは自分以上に強い者を条件とした為にこれに支部長カスミは難色を示す。  実際委員会の面々、委員会の支援者の私兵、果ては高い褒賞をかけ有志を募ったが、誰一人としてルリエには及ばず返り討ちにされ、酷い時は重傷という有様。 (どいつもこいつも……弱すぎる……!)  手を強く握り締めながら苛立つを感じた刹那、ルリエの周囲の草が凍りつき庭に霜が舞い降りる。    何よりも強さを渇望するルリエにとって日々の鍛錬も、魔物討伐も最早物足りなくなっていた。果てなき修羅の如き道を進む為に、青き乙女は叶わぬ願いを今日も懐く。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!