(一)ー1

1/1
前へ
/20ページ
次へ

(一)ー1

(一) 「おはよう!和希くん!」 「おはようございます」  元気に挨拶をしてくれたのは、四課の寮で食事を作ってくれている西桃子。源流名家、笠井家分家の西家出身だが、この四課では非戦闘員。本人曰く、昔は祓魔師だったらしいが、訳あって今は食堂で働いているとの事。料理の腕前は良く、寮に住んでいる隊員たちはもちろん、他の隊員たちもよく昼間に利用している。一人でこの厨房を回しているので、昼食時に混雑すると隊員たちを手伝わせるなど、気の強い面もある。基本的には快活でとても優しい。四課で最初に和希の事を苗字ではなく、和希くんと呼んだり親しみやすさも持ち味だ。  朝食を食べようと食堂のカウンターに来た和希の前にどん、とご飯とおかずが乗ったトレイが置かれた。 「しっかり食べてね」 「ありがとうございます」  トレイを受け取り、空いてる席を探す。と言っても寮生活をしている隊員はそう多くない。朝なので自宅通いの隊員たちはいないし、席はいくらでも空いている。既に何人かバラバラに席に着いて朝食を取っているが、その空気はどことなく重かった。  昨日、四課で任務に赴いていた隊員の訃報が届いた。  和希とそんなに歳が離れているわけではない隊員だ。任務中、妖怪と遭遇して自分たちの手に負えないと判断し、四課に連絡を入れ、その退避途中で殺されたと、運良く生き残ったもう一人が言っていた。彼も今は療養している。二人が連絡を入れた時、四課には朱莉が待機していて、すぐに駆けつけたが間に合わなかったらしい。妖怪は朱莉によって退治されたとの事だ。帰らぬ人となった仲間の姿は酷いものだった。目を覆いたくなるとはこの事かと、和希は昨夜彼の姿を見た時に思った。  情報による任務担当は不足なし。本来なら難なく終えるはずの任務。しかしこの事態。隊員からの証言と照らし合わせても妖力が強化された妖怪である事がすぐに分かった。やはり最近になって多くなったと感じざるを得ない。一番怖いのが、妖力を強化した妖怪がいつ自分と対峙するか分からない事だ。和希を含める他の隊員たちも運良く生き残っているに近い状況だ。 「はよ」  突然声を掛けられ、持っていたトレイを落としそうになった。間一髪のところで止まり、和希は後ろを向く。そこには眠そうな、そしていつも通り祓魔庁の制服を着崩した太陽がいた。彼も寮生活をしている人間だ。 「あ、おはようございます」 「んー…。桃子さん、今日朝メシ何ー」  和希の返事を寝ぼけ眼のまま聞いて、そのまま桃子の方へ行ってしまった。特に会話をするという事もなく、挨拶だけしてくれたらしい。和希は少し拍子抜けしたが、落ち着いて空いている席に腰を下ろした。  まだ眠気と戦いながらご飯を口に運んでいく。普通の朝。普通の食事。たったこれだけのささやかな日常の幸せ。それを自分はいつまで享受出来るだろうか。重たい考えが頭を駆け巡り食事を喉に通すのもやっとだ。 「おはよう」  朱莉が和希の向かいの通路を歩いて通りすがって行った。一瞬だったが、彼女の目の下にはクマがあったように見えた。亡くなった隊員の諸々の手続きなどで夜通し起きていたのだろうか。  四課は祓魔庁の中でも年間の死亡率が群を抜いて低い。それは四課の各課規則を遵守しているが故に隊員たちの実力が高い事の他に、応援要請はほとんど朱莉が出動し、加勢するためだ。もっとも、応援要請は少ないとはいえ、それでは朱莉に負担が掛かるため、隊員たちは普段から任務は特に気を付けるようにしている。 「おはようございます」  和希も慌てて挨拶を返す。朱莉は後ろ姿で右手を上げる仕草をしてくれた。彼女はそのままカウンターからトレイを受け取った太陽を肘で軽く小突いた。 「おはよ」 「はざます…」  まだ眠そうな太陽の表情に朱莉は笑う。  寮で生活している隊員たちは次々に朱莉に挨拶する。朱莉もそれに返事しながら、昨夜の任務報告や異常などについて、世間話のように軽い雰囲気で話す。時には少し落ち込んでいる隊員を励ましていたりもした。 「獅堂、見ないね」  トレイを持った朱莉が和希の側に来て言った。彼女はそのまま和希の背中側の机に座る。  言われてみれば、女子寮で生活している華の姿がない。部屋に簡易キッチンが付いているため、食堂の利用は自由。いなくても不思議はないのだが、華は比較的食堂を利用するはず。珍しい光景に朱莉も不思議に思ったのだろう。 「華ちゃんなら朝稽古行ったよ!」  カウンターから桃子が教えてくれる。朝稽古とは…。それを聞いた朱莉も和希も熱心な華に驚いた。 「倉林は朝稽古行かねえの?」  和希の斜め向かいに座っていた天道がニヤニヤしながら言ってくる。朝稽古自体は毎日何人か参加していたりするのだが、これに関しては自由参加。和希は普段どちらかと言うと寝ていたい派。しかし、今日は昨日の事もあって体が重いのもあった。先輩に聞かれて一瞬言葉に詰まる。 「気分が乗らなくて…」 「分かる」  流石に正直すぎる言葉に怒られるのかと思ったが、そうでもなく、天道はうんうんと頷いてくれた。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加