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腕時計を見る。もう夕方だ。
「ミサキ……」
もうすこし恋人を探したいが、これ以上、町にいるのは危険だろう。
捜索しながら隠れ家へ戻って、彼女がいなかったら、決断するしかない。
彼女を置いていくか。あるいは、彼女が戻ってくることを信じて、この場所に骨を埋めるか……。
警戒しながら薬局を出ると、タクミは山を目指した。途中、そう遠くない場所で複数の怒声が上がる。包丁を持っていた男が誰かと出会ったのか、判別はできなかった。山へ近づいてこなければ、それでいい。
──このまま地獄が続いて、僕たちが最後の二人になったら……どうすればんだろう?
タクミは立ち止まった。
最後の二人?
そんなものを、ERIV30が許すのだろうか。
今まさに、彼女がドロップアウトしそうだというのに。
「いや……今はいい」
首を横に振る。
ミサキが死ぬなんてあり得ない。あってほしくない。安定剤を使っているタクミでさえ、想像しただけで鳩尾に溶岩が流れ込むような感覚を得る。……ミサキは、絶対に生きている。
最後の二人になって、どうなるかはわからない。ERIV30を持ったまま家庭を築くことはできないだろう。生き残ったところで、その先の命にまで希望が見いだされるわけではない。
が──少なくとも、2030年以前にあった、人間的な死は迎えられるはずだ。
ひと欠片の希望を胸に、タクミは町を駆け抜けた。太陽が沈みかけている。日が落ちてしまう前に、今夜の食事や安定剤の残量について、ミサキと話し合わなければ。
鮮血のように赤い夕焼けだったせいか、山へ到達した直後に発見したものについて、タクミは見間違いだと思った。
見間違いだと、思いたかった。
「…………」
乾いた落ち葉の上に、ミサキが持っていたはずのペンライトと、数滴の血痕があった。
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