怒穢 -2030年「ERIV30」の一幕-

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 静岡の片田舎の国道に、死体の山ができている。  多くの死体は欠損していたり、飛び降り自殺でもしたかのように頭が割れていたり、ひどいものは全身の皮を剥がれた赤黒い肉塊となっていた。数十人分はあるだろう。ハエと蛆の巣窟になっているらしく、モノクロの斑点模様がうごめいている。    彼ら彼女らは、理性を持って棄てられたのではなく、業火のような怒りとともに積まれたらしい。何人かの死体が、小山の周囲に散らばっている。遺棄した者は、死体にすら暴行を加えたようだ。    タクミは高倍率の双眼鏡を外すと、何度か深呼吸したのち、慣れた手つきでバックパックから薬のPTPシートを取り出そうとした。──が、途中でチャックが引っかかり、タクミは唐突にバックパックを粉砕したくなる衝動に襲われる。  いけない──と思いながら、彼は病葉(わくらば)が積もった暗い森林にしゃがみこんだ。国道からは距離があるが、怒りに負けて暴れようものなら、町の者たちに気づかれるだろう。    もう一度だけ深呼吸しながら、ゆっくりとチャックを開ける。今度は、首尾よく薬を取り出すことができた。    数ヶ月ほど前に燃やされた製薬会社の名が刻まれている、ベンゾジアゼピン系の強い抗不安薬。タクミはそれを1錠だけ口に含み、ペットボトルの水を飲んだ。  それから、戻ってこない恋人の優しげな笑顔を思い浮かべ、つぶやく。   「どこに行ったんだ……ミサキ」  彼の脳が正常な思考を取り戻し──遠くから、複数名の絶叫が聞こえた。
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